第50話 剣牙族と奴隷商 4
父ファレンから学んだのは、基礎だけだった。
剣を振る力の伝え方、体の使い方、足の運び方。
剣を投げることも、体当たりで押し倒すことも、鞘で膝を砕くことも、教わったことなど一度もない。
父の技、そのものを見るのは、実戦だけだった。
見た技を自分なりに、試してみる。
どう使うかは、レンドル自身が戦場で考え、答えを出してきた。
それを父に話すと、ファレンはただ頷いて、少し微笑みながら聞いていた。
一度だけ、技を自分に向けられたことがある。父に頼んだのだ。
もう教えることはないと、基礎を終えた日だ。
あとは実戦経験を積み上げることだと言われた。
だから、迷わず最後に突きを見せてほしいと、せがんだ。
自分に向けられた剣で、本気の父の目を見たのは、あれが最初で最後だった。
あの日の一撃を今でも覚えている。
首の横を、薄皮一枚の差で突き抜けた剣に、魂ごと貫かれたと思った。
黄金騎士はきっと、父のあの目を見てしまい、突きを受けてしまったに違いない。
そうでなければ、足が勝手に下がることなどなかっただろう。
「あそこが本部だ」
護衛騎士が指さした場所を見ると、すぐ分かった。
レンドルが本部に呼ばれた理由は、護衛騎士からは聞いていない。
聞かなくても、黄金騎士の事だと分かったからだ。
それ以外にもあるかもしれないが、ルベリアの英雄を倒したのだ。何もないはずがない。
ただ、奴隷商のことが、頭から離れないでいた。
思い出した奴隷商の討伐の記憶。
ジュカの話と合わさって、ぐるぐると巡っていた。
あの時、薄暗い牢屋に閉じ込められていた人たちから、思わず目を逸らしてしまった。
今にも消えそうな、蝋燭の僅かな灯が、部屋をぼんやりと照らしていた。
壁に鎖でつながれたままの黒い首輪。
繋がれた人たちは、首を斬られ、命を奪われていた。
望まぬ姿になり果てていた。
時間が経ったせいか、どろりと流れた血の塊が、石の床に溜まっていた。
光を映すことのないその眼は、蝋燭の灯さえ、見ることすら出来ない。
彼らの見開かれた虚ろな眼は、ただ暗闇を見つめていた。
憎悪と悲しみを宿した眼のまま。
口封じに殺されたとしか思えなかった。
無残にも鎖につながれたまま、命だけが世界から断たれた。
――あれは、ジュカと同じ首輪なのか。
そういえば、牢屋ではない場所――残党の制圧のため屋敷に戻ると、奴隷商の部屋には、生き残りの女性が一人いた。
透けるような薄絹の服だった。奴隷商の慰み者にされたと、彼女は泣いていた。
鎖はあっただろうか。
首輪はなかったように思う。
あの人は、どうなったのだろう。
――あ、黒子があった。左肩だ。
レンドルの頭に、レレイラの左肩が一瞬よぎる。
まさか捕まっていたのは彼女だったのか。
断片的なものが曖昧に頭に浮かぶ。
レンドルは、自分の記憶が確かなものか自信が持てなかった。
保護された後、そのまま皇国で治癒士になったとは考えにくい。
適性と長い訓練が必要なはずだ。そんなすぐになれるわけがない。
だから、治癒士だった彼女が捕まっていたのだろう。
でも、そんなことをレレイラに聞けるはずもない。聞いていいはずがない。
無事に生きている。それだけでいいはずだ。
レンドルは、横を歩く護衛騎士に一瞬目を向けるが、そのまま空を見上げた。
少し雲が多く見えた。山も近いし、雨が降るかもしれない。
気の晴れないレンドルの心が、そのまま空に映し出されているようだった。
思ったほど時間は経っていなかった。それでも山の稜線と太陽が近づいていた。
数刻もすれば、夕暮れの気配が辺りに漂い始めるだろう。
破壊した要塞の正門から、吹き込む風を受け髪が揺れた。
最初は涼やかと思ったが、川に触れた空気にしては冷たかった。
本部の天幕に着くと、二人の護衛騎士は、外で待っていると言って離れた。
入り口の衛兵が天幕の中に声をかける。
「グリフォート騎士団長、レンドルが来ました」
その瞬間、どさりと大きな音が聞こえた。
「団長!!」
中から、大きな叫び声が上がった。
衛兵が慌てて中に入る。続いてレンドルも。
何人かの騎士が、騎士団長を支えていた。
血が石畳にあった。
グリフォートの口からは血が流れて、首元の服を赤く染めている。
赤黒い、どろりとしたものが、首を切られた奴隷と重なった。




