第49話 剣牙族と奴隷商 3
盗賊退治と違って、奴隷商は潤沢だ。
ただの討伐じゃない。難易度が跳ね上がると、父は真剣な目をして、そう話していた。
没落した貴族や、訳あり遍歴の騎士。
金に釣られた、裏の顔をもつ冒険者。
研究や魔導書のために、手を貸す魔法使い。
傭兵団そのものがいるかもしれないと。
合流した討伐隊の雰囲気は重い空気に包まれていた。
憲兵隊、いや皇国から直接指名された依頼を、まず断れない。
だから、ただの討伐じゃないことは分かっていた。
最後に立ち寄った町は、一見平穏に見えて、雨の中でも血の匂いが消えなかった。
相手も相当数いる。死の匂いが近いと感じていたのかもしれない。
遅れて合流した父は、知り合いの冒険者に声をかけ、驚きとともに歓迎されていた。
討伐隊の中での父の顔の広さが窺えた。
曇った顔の冒険者たちも、父の姿を見て、その表情が少しだけ和らいでいた。
小さな教会があった。
手持ちの祝福されし傷薬が心配で立ち寄ることにした。
風の神ヴェルアダを信仰する牧師が中にいた。
小さな像があったが、あれが風の神を形どったものなのだろうか。
父は代金を渡したあと、一言二言交わし、小さく礼をしていた。
そして、小さな革袋を牧師に渡していた。
彼は奥に引っ込んだあと、数分後に戻ってきた。
父が祝福の傷薬を受け取ると、牧師はためらいがちに、羊皮紙を渡していた。
あの羊皮紙は何だったのか、いまだに分からない。
父に聞いても、教えてくれなかった。
自分なりの推測をもっていないと、手がかりすら教えてくれない。
舗装されていないが、踏み固められた土の道。
雨でぬかるんだ中を進んだ。足取りは皆重かった。
町のはずれからも続く道は、屋敷につながっていた。
これほどの規模の人数が、奴隷商の耳に届かないはずがなく、弓矢が飛んできた。
待ち構えられていて当然だった。それを承知のうえで、風魔法使いが弓矢を弾いていた。
屋敷に突入する前に、なぜか父は簡単な屋敷の見取り図らしきものを持っていた。
そうか、あれは牧師から受け取った羊皮紙だった。
見取り図を牧師が持っているとは考えにくい。
牧師に書いてもらったのか。
だとすると、牧師が祝福が使えるなら、治癒魔法も使える。
屋敷に呼ばれて、少しでも中を知っているかもしれない。
父はダロムに、『正面の扉に罠がある』と話していた。
正面の門ではなく、牧師が裏口や別の扉を使っていたことを、聞きだしていた。
そんな情報からも、父は答えを導き出していた。
扉は魔法で壊していた。罠があったかどうかは関係がない。
危険の芽を摘み取るため、破壊を選んだのだろう。
不意打ちは当たり前。
明かりを突然消される。
油のしみ込んだ絨毯で滑る。
冒険者に紛れ込んでいて、裏切るものもいた。
何でもありだ。
奴隷商に雇われた荒くれ者たちと戦い、何人も怪我人や死人が出た。
そして、敵の中でもひと際目立つ存在がいた。
黒い布を頭に巻いていた戦士だ。たった一人で憲兵隊や冒険者を倒していた。
黄色く光る双眸は、静かに獲物を狙う獣の目だった。冷酷なその目が怖かった。
反りのある剣には、拭われない血が、ずっとしたたり落ちていた。
間違いなく強敵だった。今にして思えば、加護を持っていたと思わざるを得ない。異常な強さだった。
狭い通路に逃げ込んでいた。追いかけると、その戦士は振り返り、追っ手を斬りつけては逃げる、その繰り返しだった。
前に出た父が、その戦士を絶命させた。
振り下ろされた剣を、肩当にわざと当てさせて受け流す。火花が散る。
そのまま肩で体当たりと見せかけ、懐に踏み込む。
下がろうとする足を踏み、逃げ場を奪う。
崩れた両腿を、すぐさま斬る。
苦し紛れに、戦士の剣が水平に振られる。
脚を斬った勢いのまま、手首を返して弾く。間を置かず、突きの構え。
身体ごと突っ込み、剣は喉を貫いた。
あまりに滑らかすぎた。
圧倒的な強さを誇った戦士が、数秒で絶命した。
レンドルが見た、数少ない父の本気の目と技だった。
「瞬きする間にファレンが倒した。呼びに行って正解だった」
この騎士は、その場にいたからこそ、今も熱を帯びて語るのだ。
父の剣は、奴隷商人に届くはずだった。あと数歩先だった。
あの戦士ガガットが、奴隷商人を逃がすための僅かな時間を作っていたのだ。
そして、逃走の手引きをしていた盗賊もいて、その中に強力な土魔法使いがいた。
その魔法使いが出口を塞いでしまい、それ以上の追跡は無理だった。
騎獣を繋いでいた小屋も見つかった。川の近くだった。小屋には、土の槍で貫かれた一人の死体があった。
裏口から向かった味方の追っ手は、岩のような塊に潰されていた。
悪党は悪党を呼ぶ。悪党だからだ。
だから、あの土魔法使いも――悪党。
「あの時の少年が、黄金騎士を倒した」
黄金騎士を倒した実感は、まだ湧かない。
レンドルの右手に力が入る。
サナロアたちを、傷つけられたことが許せなかった。
生き延びるために必死だっただけだ。
「生きてるうちに、この要塞が落ちる日を見られるとはな。今も驚いてる」
護衛騎士は感慨深いような目で、周囲を左から右へと見渡した。
レンドルは、剣の重みを確かめるように腰に手をやった。
「それでも……この剣は、父をかすることもない」
そう言うと護衛騎士は小さく頷いた。
そして、バイザーを下げ、顔はまた隠れた。
この騎士は、父の剣を知っているからこそ、父に助太刀を頼んだ。
だから頷いた。まだ及ばないと分かっていた。
剣だけじゃない。考え方一つとっても、遠く及ばない。
剣牙族――凄腕の戦士ガガットの黄色い目。
それが、ジュカの脅えた顔と重なる。
レンドルは黄金騎士を倒したことより、奴隷商を追い詰められなかった、その無力感が、胸に重く残った。




