第48話 剣牙族と奴隷商 2
あの日は、ずっと雨が続いていた。
ダロムの後についていき、先発していた討伐隊と合流に向かった。
間に合うようにと、高価だが騎獣にまたがった。
野営を挟み、まる二日かかった。
そうまでして、父が必要だった。
ダロムと父の会話を、ずっと聞いていた。
そして疑問に思ったことはすぐに確認した。
情報は命綱だと、常々聞かされていたからだ。
そういえば、凄腕の戦士の恰好や武器についても、父はダロムに聞いていた。
「その戦士について、教えてくれ」
「幅広の刃だが、反りのある剣を使う。すさまじい膂力らしい。すまない。それだけしか、ない」
「突きよりも、斬り払いに重きを置いてるな」
「父さん、どうして分かるの?」
「……レンドルは、そいつと戦う時に、どうしてその武器なんだと聞いて教えてもらうのか」
「まあ、試してみてもいいかな」
そんな冗談を言っても、父は怒らない。
教えてくれる奴もいるかもな。それもありだ、と一緒に笑っていた。
「多分だけど、壊れない武器を選んだ。それと、幅広なら武器が重いから相性がいい」
父は微笑みながら、頷いていた。
自分の考えをきちんと話すと、父の表情が緩む。
「あとは、なんで反りがあるのか」
「武器の重心が違うのかもしれない。斬りやすい、とか」
「色々な武器がある。特性を知るには、使ってみるのが一番だな」
「そうだね……」
「まあ、そこまで考えたなら、いいだろう。引いて斬るためだ」
身振り手振りで、使い方を見せてくれる。
「あとは騎獣に乗りながら、すれ違いざまに斬る。ダロム。逃走用の経路に騎獣がいるぞ」
「周辺の地図なんてないぞ。裏口は抑えるが、屋敷の中で片づけたい」
「林か森が、すぐそばだろ。なら、目立たないように騎獣を繋ぐための小屋がある。騎獣には水が必要だ。となれば、浅い川の近く」
「浅い川かも、分かるの?」
「小屋には騎獣の面倒を見るやつが生活してる。生活水が必要だ。氾濫したら困る。川の流れが強いと音もうるさいしな。小屋に近づく足音も分からないところに、わざわざ作らない」
父は一度話し出すと、なかなか止まらない。
自分で気が付いて、苦笑いして口を閉ざす。
いつも、教えてもらうだけじゃなく、自分で考えたものを一つでもいい、持てと言っていた。
「規模の大きい奴隷商だ。当然頭も切れる。そんな奴が頭を使わない戦士なんか雇わないだろ。何のための傭兵だ?」
「侵入者を殺すため」
「その役目は、大勢の雇われ兵隊たちだな」
「兵隊を指揮する?」
「それはあるかもしれない。だが、名前が知られていない。表立って出てこなかったわけだ」
名の知られていない凄腕の戦士。どうして奴隷商が、その戦士を必要としたのか。
単に護衛なら、騎士や高名な戦士を雇ってもいいはずだ。
魔獣退治の戦士でもない。なんのための傭兵――。
「戦士なら名を売りたい。でも名前が出ていない。戦場に出てこない戦士?」
「そうだ。専門的な技術に長けた傭兵だ。さっきの騎獣は何のためだと話した」
「えッ……逃げるため? もしかして、逃走専門の傭兵ってことか」
「奴隷商が屋敷に残る可能性は低い。逃げるわけだ。なら逃走専門の傭兵を雇う。俺は、そういう見立てだ」
父は軽食にかじりついた。水でふやかし飲み込むと、話を続けた。
「その屋敷に攻撃を仕掛けるなら、必然的に大勢になる。ダロム、今回も百以上いるんだろ?」
「現地の冒険者も合わせると、おそらく二百は行く。貢献したものは、住民権を与えることになった。奴隷商側に付かせたくない」
「つまり、こちらの行動は奴隷商に筒抜けだな。待ち伏せもあるぞ。つまり、兵隊たちは時間稼ぎのために居る。捨て駒だな……」
奴隷商人が、討伐隊を倒す必要がない。逃げ切れば勝ちなのだから。
討伐隊は、兵隊を全滅させようが、勝利にはならない。
その奴隷商人を、どうにかする必要があった。
「その戦士は、顔も隠しているな。見た目の情報がないなら、目立たないように生きてきた。相当厄介だ」
「ファレン……お前でも、なのか」
「奴隷商を逃がすための足止めができ、自身も逃げ切るための技術。人相が分からないんだ。追跡なんて出来ない。逃がしたら見つけられない」
ダロムを見ると、口を半開きにしていた。多分、レンドルもそうだった。
「逃げる気の相手を仕留めるのは難しい。単純に足が速いな。そいつの足を止める必要がある。となると軽装か、暗器も隠せる服。剣は片手で振りながら、いや、騎獣から投擲をする。……毒もあるな」
「毒? その戦士は腕が立つんだ。なら、わざわざ――」
「追手が毒になれば、死なずともいいんだ。判断力を鈍らせることも、追うこともできなくなる。何より騎獣を狙っていいんだ。的は大きいからな」
父はその戦士を、追っ手を無力化するためのものと位置付けていた。
奴隷商人を逃がすための、切り札と理解できた。
「父さん、祝福の傷薬は、持ってきてないよ」
毒があるなら、傷薬だけではだめだった。毒を打ち消す祝福された傷薬が必要だ。
「立ち寄る町に、小さいが教会がある。……毒消し用、そこまで警戒が必要だったとは」
ダロムがすぐに教会の存在を伝えた。
もし、神父や牧師がいるなら、治癒魔法が使える可能性が高い。
そうなれば、傷薬を祝福することも、出来るかもしれない。
「見取り図は現地調達するか」
父が小さく呟いた。その言葉の意味が分からなかった。
「相手は、加護持ちかもしれない。力が強いなら、まず身体強化魔法だろう。こっちの討伐隊に加護持ちはいるのか?」
「……お前だから言うが、水魔法使いと風魔法使いが、そうだ。近接は一人いる。お前も知ってるザッサだ。かなり無理を言って来てもらった」
「岩斬騎士のザッサか。相手の戦士とは相性が悪いな。兵隊たちを引き付けてもらうか」
父がダロムに目をやると、ダロムは体をびくつかせて、息を飲んだ。
「その戦士は――」
父の本気の目だった。
「俺がやる」




