第45話 巨人族の亡霊
「デーン王国にいたっていうのは……」
「あたし、デーン王国の貴族に買われたの。病気を治すためにね。女の当主だったわ」
デーン王国のことは、ほとんど知らない。
歴史も地理も、好きじゃなかった。
知らなくても、戦いには関係がないと思っていた。
だから、おろそかにしていた。
サンガード皇国にも奴隷はいる。
ただ、労働契約がほとんどで、期間が過ぎれば解放されるし、賃金も支払われる。
扱いが酷ければ、契約主側が裁かれる。
貿易商人の息子、ダーウィが話していたので、何となく覚えていた。
昔、鎖につながれた人たちが船に乗り込むのを見て、不思議に思ったことがあった。
フォルロ――幼馴染の船乗りに尋ねると、奴隷は財産だと教えてもらったことがある。
その時の彼の顔を今でも覚えている。彼の父親は元奴隷だった。
「あたしでも治せなかった。いいえ、死ぬのが遅れるようにしたの」
レンドルは、彼女が女当主を延命させていたのだと理解した。
「だって、買われたんじゃなくて、貸し出されていたと知ったから」
貴族に売るより、奴隷を貸しているほうが、金になるということなのか。
それよりも、貸し出されていたから、延命していたというのは、なぜだ。
「貴族が死ぬと、あたしは巨人族の男の元に戻される。だから時間をかけた」
そういうことだったのか。治さない理由が明確になった。
「そうしたら、あたしを買った女当主が、事情を聴いてくれた。逃げるための時間をくれた。……娘のようだって」
レンドルは、彼女が患者に向き合ってきたと思っていたが、それは全く違った。
死にゆく貴族の話相手をしていたんじゃない。
お互いが苦しむ中で時を過ごした。だから話をした。言葉を覚えたのだと。
そして女当主は、彼女の身の上を知ったうえで、逃がそうとした。善意の人だ。サンガードの貴族たちも見習って欲しいくらいだ。
ジュカにとって、苦しみを理解してくれた、唯一の救いだった。
「女当主に言われたの。自分が亡くなったら、あいつらが連れ戻しに来る。その前に、ルベリアに行きなさいと」
自分の家族や仲間を殺したやつのもとに、連れ戻される。
それに素直に従うわけがない。戦うか逃げるかしかない。
彼女に戦う術があるのだろうか。あの巨人族とまともにやって勝てるわけがない。
レンドルには、タタとサナロアという頼もしい仲間がいた。
そもそも奴隷契約は、どちらも許していないのではないか。
「それは命令だから。そういって証文契約をしたの。それで奴隷契約には反しないって」
女当主は、ジュカに逃げる道を作った。
長い時間の中で、彼女との関係を作った。
「どうしてルベリアなんだ?」
「剣牙族は、ルベリアで問題を起こしたことがあって、王都には入れないって聞いた」
何となくわかってきた。巨人族の男しか入れないから、そいつだけが連れ戻しにきた。
レンドルは視線を落とした。ベックに絡んだのも剣牙族だった。
どうにも良い印象を持つことができない。
「多分、二年くらいルベリアにいる。ほとんど寝られなかった」
彼女も、悪夢を見ていた。
そして、とうとう巨人族の男がルベリアにやってきた。
あの巨人族は、コルタナ要塞の階段で猛威を振るっていた。
仲間の兵士は叩き潰されて、階段から落とされた。
わざわざ戦争に参加したのはなぜだ。巨人族は金が必要だったのだろうか。
もしかしたら、ジュカが身を寄せる傭兵団を、殺すつもりだったのか。
戦いの最中、皇国を倒すふりをして、襲うつもりだった。
誰も文句を言うやつはいないだろう。
彼女を助けられる戦士もいるはずがない。みんな殺される。
「……それ、外せないのか?」
「だめね。巨人族の男が死んだのに。無理に外そうとすると、契約の神レイナダが許してくれない」
ジュカは諦めたような顔をしている。
「雷に打たれて死ぬ」
そうとう強い強制力を持った契約のようだ。
奴隷契約自体は、剣牙族としたのかもしれない。
それにしても、奴隷契約の事なんて分かるはずもない。誰に聞けばいいのか。
冒険者の父なら、何か分かるだろうか。
レンドルはそれ以上、口が重くて開けそうになかった。
ジュカにかける言葉を、見つけられなかった。
剣に多くの時を重ねて、今がある。
でも、こんなときは、どうすればいいのか。
父は教えてくれなかった。




