第44話 炎尾狐のジュカ
「会いたかったって、俺はジュカにはじめて会ったんだけど」
「傭兵団を助けてくれた」
イステアのいる《酒樽と蒼い狐》の傭兵団は、城壁通路で降伏したあと、大人しくしていたという。
今は戦後処理の小隊に組み込まれているというのだ。
ノックス中隊長に、サナロアが口を利いて、新たに彼らを雇い入れたらしい。
治癒魔法の使い手がいるとあって、即断即決だったようだ。
つまり、レンドルの寄せ集め小隊に、さらに傭兵団が加わったのだ。
傭兵団長は、とても喜んでいたようだ。
何せ、武具は返還され、仕事もあるとくればそうだろう。
会いたかった理由は、それだった。
だが、少し変だと思う。
「ジュカ。それは俺が助けたんじゃなくて、サナロアがやったことだ」
「イステアの妹に教えてもらった。巨人族の傭兵を倒したから、その小隊ができたと聞いた」
「ああ、そういうことか。確かにそうだ」
小隊ができたから、今の傭兵団を組み込めた。そういうことらしい。
違和感が残る。それが会う理由なのか。
でも、何かを隠している感じはなかった。
ジュカの治癒魔法で、みるみるうちに腫れが引いていき、痛みを感じなくなった。
「すごいな」
レンドルは手放しに称賛した。目を疑うほどだった。
赤紫色に膨れ上がり、もう使い物にならないかもしれないと思っていた。
左腕は骨まで砕け、その鋭い断面が内側から肉を切り裂いているようにすら感じていた。
それが今、完全に元通りになった。
そもそも治癒士や回復士と呼ばれる魔法使いは数が少ない。なり手がいない。いても、国やどこか大きな組織に所属しているものだ。
彼女は最初デーン王国の貴族のところにいたと言っていた。
これほどの治癒魔法使いを手放すなんて、理解できなかった。
「ちょっと動かしてみて」
ジュカに促されて、レンドルは左手を握る。確かめるように、肘を伸ばしたり曲げたりしたが、本当に完治していた。
彼女の治療は、重傷者にこそ使われるべきだろう。
彼女は人族によく似ているが、炎尾狐と呼ばれる獣人族だと教えてくれた。
ジュカの背中には、紋が彫られているという。
身体に刻む紋は、精霊や時には霊獣から力を借りるためのものだという。
精霊も霊獣もこの目で見たことはない。本でその存在のことを知っている程度だ。
小さなときから、少しずつ彫っていく。
そうして、成人するときには大きな力を得られるが、それを扱うための長い修行も相当だったようだ。
ジュカの部族特有の技術――精霊紋というらしい。
彼女の部族以外にも、似たようなことをしている部族はいるようだ。
東にある獣人族たちの居場所は、一体どんなところなのだろう。
「それは、加護と同じなのかな?」
「人族のいう加護のことは分からない。あたしたちは精霊や霊獣と契約をするの。そして、祈ることで力を借りる」
「呪文のように聞こえたのは、祈りだったのか」
ジュカが頷きながら、一言付け加えた。
「借りられる力は少しだけ。でも、あなたの傷も治せた」
レンドルの加護は、祈祷によってサンルードの聖蹟で与えられたものだ。
彼女たちは、力そのものを借りるために自ら紋を身体に刻むということだった。
どういう仕組みか分からないが、紋である以上は魔力が必要だ。
彼女が行使した治癒魔法は、洗練された魔力の流れを感じとれた。
実際に身体に流されたときには、淀みなど一切なかった。
おかしい。
これは、部外者に話していいことなのか。疑念が湧いてきた。
秘密にしていても、おかしくない内容な気がしてならなかった。
「今の話なんだけど、俺に話してもいいことなのか」
「……本当は話してはいけない」
「部族の秘密とかに思えるが……え!?」
彼女は話してはいけないことを、レンドルに話していた。
どういうことなのか。
レンドルは怪訝な目をジュカに向けた。
ジュカは、少し息を整えるように、小さく頷いた。
彼女の手が強く握られて、服がしわになっている。
「あなたに、どうしても伝えたかったことがある」
「俺に?」
「そう、巨人族の傭兵を倒したあなたに」
やはり、会いたかったと言った理由は、小隊のことじゃなかった。
短い沈黙の後、彼女の眼が開かれ、レンドルをじっと見た。
とても深い琥珀色の美しい眼だった。
彼女の眼の真剣さに思わず、身構えそうになった。
ジュカの後ろに立っていた護衛騎士も、その異変を感じ取ったのか、警戒するように一歩こちらへ踏み出した。
「部族を代表して、勇者レンドルに感謝を伝えたかった」
彼女は両手を胸に当てて、そう言葉を贈った。
ジュカの口から出たのは、感謝の言葉だった。その声はかすかに震えていた。
命を狙われていたこともあって、変に意識をしすぎていた。
左腕の治療中に襲われなかったのだ。彼女が命を狙うなど、そんなことがあるはずがなかった。
ただ、ルベリアの味方だった巨人族を倒して、なぜ感謝されるのだろう。
それだけだと、分からなかった。
彼女の部族のことは知らないし、勇者と言われる理由も不明だ。
巨人族を倒したから、そんな単純な理由ではなさそうだ。
部族を代表してと言わなければならないほど、大事なことだった。
ジュカたちと巨人族には、何か因縁があったとしか思えなかった。
彼女は、そのまま話を続けた。
「……あたしたちの部族は、炎と再生を司る霊獣を崇めていた」
口ぶりからすると、過去の話だ。
話の流れから巨人族に関係していると思った。
空気がまとわりつくような嫌な感じがする。
そう言うと、彼女は首元の法衣の革紐をほどく。フードも後ろに下げた。
美しい髪色が露わになる。そして獣人族の耳が見えた。
「ある日、あたしたちの部族は剣牙族に襲われて、捕まった」
彼女の口から伝えられる話は、ジュカのすべてに関わることだった。
「剣牙族は、傭兵を雇っていた」
そのまま首にあるストールのようなものを外した。
そこには、黒い首輪があった。
「あなたが倒した、巨人族の男がいた」
彼女が指でそれに触れると、首輪に刻まれた文字が銀色に浮き上がり、鈍く光る。
レンドルは、それをどこかで見たことがある気がした。
薄暗い部屋だったかもしれない。
それがなんだったのか思い出せない。
彼女の話が重く、記憶が辿れなかった。
「抵抗した仲間は、みんな叩き潰された」
あの巨大な棍棒、大きな手が脳裏をよぎった。
先ほどの柔らかい雰囲気は、もうどこにもない。笑いのある会話もだ。
「あたしは部族長の娘だった。人族でいうと、お姫様ね」
いつの間にか、レンドルは左拳を強く握っていた。
「その傭兵が、あたしの首に付けたの」
目の前の深い琥珀色の眼から、悲しみが零れた。
「奴隷の首輪」
そう言って彼女は小さく笑った。
レンドルの心臓が鷲掴みにされた。
黄竜花の国《デーン王国》には、姫に恋をした竜が、自分の心臓を捧げる物語がある。
サナロアが教えてくれた。
ジュカの話は、そんな恋の物語じゃない。
悲劇の物語だった。




