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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第2章 銀髪の少女と閃光
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第43話 治癒って暇

 レンドルは目を覚ますと、簡易なベッドの上で寝かされていた。

 起き上がろうとすると左腕に激痛が走る。

 防具は外されていて軽いが、何となく身体が重く感じる。


 体中に細かな痛みがある。黄金騎士の槍に突かれたところだ。

 そして、落とされた右耳も鈍い痛みを感じた。


「あ、起きた。今から治療をするから、ちょっと待ってて」


 そう声を掛けられると、ここが救護所だと教えてもらった。

 大きなテントを使って、組み上げたらしい。

 ついさっき運ばれてきて、これから治療を始めるところだったようだ。


 彼女は、ジュカと名乗った。

 深い緑色の法衣を着ていて、フードを被っている。


 救護所には、彼女の他にも白い法衣を着た女性が一人いる。

 そして、少し離れた場所でこちらを見ている騎士が一人いる。


「俺はお前の護衛だ。今、要塞内にラクロアン軍がいる。どういう意味かわかるな」


 レンドルは頷いた。


 騎士団長から聞いた話のことだろう。閃光のラクアと、加護を得た騎士が模擬戦のあと不自然な死を遂げた。

 だから、護衛騎士はグリフォート団長から指令を受けてここに居ることが分かった。


 騎士は、入り口を指差した。

 開かれた入り口には、もう一人騎士が居るのが見える。


「レンドル。お前の治療が終わるまで、この救護所には誰も入れない」


 どうやら、特別待遇らしい。黄金騎士を倒したからか。

 万が一、ルベリア兵が命を狙ってくるかもしれない。

 そんな可能性も考えているのかもしれない。


 ジュカに鎧の下に着ていた胴衣を脱がされると、すぐに傷薬を塗られ、包帯を巻かれる。

 左腕が動かないことを伝えると「見たらわかる」と彼女は言った。

 赤紫色に変色し、異様に膨れ上がっていれば、誰でもそうかと、レンドルから苦笑いが漏れた。


 ジュカが手際よく手当を終えたところで、もう一人の治癒士が氷で冷やされた耳を持ってきた。

 レンドルの落とされた耳だった。自分の耳をこんな風に見るのははじめてだ。心臓に悪い。


「私のこと、覚えてる?」


 耳をそっと手に取って、白い法衣の女性が口を開いた。


 気が付かなかった。兵学院で治療を受けたことがある治癒士だった。

 以前、ザイード商会のデロスに斬りつけられたことがあった。

 その傷を彼女に治療してもらったのだ。


「あの時の……ありがとう」


 レンドルは小さく頭を下げた。


 彼女は、その耳を切れたところに当てた。冷えた耳が痛みと合わさり、鈍痛で顔が歪んだのが自分でも分かった。

 彼女の体が銀色に淡く光った。治癒魔法だった。


 温かく優しい魔力が流れてくるのがわかる。


「うん。あの時は切り傷で済んでよかったわね」


 数分も経たないうちに、右耳の痛みが引いていく。


「耳はくっつくけど、時間が経ってるから、傷跡は残るかな」


 白い法衣の治癒士の視線が左腕に行った。


「その左腕は酷いわね。私だとその怪我は治せないから、ジュカ、お願いね」


 そう言って笑い、治療道具を集めると、奥にしまいに行った。


 近くで見ると、ジュカの着ている法衣は、呪術師が纏うような深い緑色だ。

 金の装飾が見事に施されている。それ自体で高位な魔法使いのような印象を受ける。


 サンガードの港に近い広場には、露店が並ぶ。彼女のような恰好をした店主がいたのを思い出す。

 乾燥した薬草や、古い瓶に入った薬品などが、無造作に並べてあった。

 刻印された首輪や指輪もあったが、それが本物かどうかを試すお金も度胸もなかった。


「その服、治癒士は白い法衣を着るものだと思ってたよ」


 些細なことだが、レンドルは彼女の服が白じゃないことを疑問に思った。


「レレイラみたいな服ね。治癒院とかギルドとか、大きな組織の正装はそうみたいね」


 もう一人の治癒士は白い法衣だ。レレイラという名前だった。

 自分の治療をしてくれた人の名前も知らずにいた。

 少し恥ずかしくなってしまった。


 なぜ、レレイラがここにいるのだろうか。

 そういえば、戦場はいつも人手不足だと誰かが言っていた。

 出自も所属も関係ない。使える者は、何でも使われる。

 兵学院の訓練生も後方支援で遠征に来ている。レンドルもそうなるはずだった。

 それなら、レレイラがここにいるのも、何となく納得してしまった。


「白は、すぐ赤く染まるから嫌なの。赤いのは、あたしの髪だけでいいわ」


 ジュカはそう言って、フードに隙間を作る。見える彼女の髪は珍しい髪色だった。


「この髪色はね、あたしも気に入っているの」


 その髪は薄紅色だと教えてくれた。母親譲りの髪だと話す姿は、なぜか悲しそうに見えた。


「あたしさ、デーン王国に居たんだ。貴族にいいように使われるのに、もう辟易しちゃってね。流れの治癒士でもやろうかと思ってルベリアに来たんだ。《酒樽と蒼い狐》の傭兵団に誘われたのよ。イステアと気が合ってね。あの娘とおしゃべりするのが楽しくってさ。それで身を寄せたら、コルタナ要塞で戦争よ」


 笑いながら楽しそうに話をする姿に、レンドルも思わずつられて笑みをこぼした。

 彼女も相当な話好きな印象を受けざるをえなかった。


 話している途中、開いた口から小さな牙が見えた。見た目は人族と変わらないが、ジュカは獣人族だと分かった。

 灰兎族のタタも言葉が上手いが、彼女は随分と流暢に人族の言葉を話す。その滑らかさは、人族と何ら変わりがないように思えた。


「人族の言葉が上手いな。どこで覚えたんだ?」


「治療してるときって暇なのよ。だから話し相手の言葉を覚えちゃって」


 レンドルは小さく笑った。

 それと同時に、一体どれだけの時間を、彼女は治療に当ててきたのだろうと思った。


 きっと、傷を負った患者の言葉に、真剣に耳を傾けてきた。

 国や種族が違えば話す言葉も違う。

 その一人一人との時間が、今の彼女の口を軽くしているのかもしれない。


 そして、壊れたレンドルの左腕にジュカが両手で触れた。

 彼女の体が銀色に滲むと、少しずつレンドルの体に流れてくるのが分かった。


 レンドルは、彼女の魔力操作が、洗練されたものだとすぐに分かった。

 黄金騎士や鎮魂の風とは、まったくの異質のものだった。


 自分を強化するための魔力ではない。

 肉体を治すための力は、これほどまでに繊細なのかと思い知らされた。


 魔力が左腕全体にいきわたる。いや、染み渡る感じだった。

 彼女が呪文のようなものを呟く。聞きなれない言葉。おそらく魔法の詠唱なのだろう。


 徐々にそれが、銀色から薄い青色のものに変わっていく。

 そして、左腕の中で細やかな魔力が走っていくのが分かった。

 骨の継ぎ目あたりで、何かが寄り集まっていくような感覚があった。


 筋肉が引っ張られるような感覚や、血が流れていく。

 そんな想像をさせてくれるようなことが、左腕全体で起きている。


 肉の内側で、ゆっくりと圧が満ちていく。

 痛みではない。だが、心地よいとも言い切れない、奇妙な感覚だった。

 腕が治っていく感触を、ただただ感じるだけだった。


「ね? 暇になったでしょ」


 彼女の治癒魔法が圧倒的すぎて、気が付けば口を閉ざしていた。


 そういえば、どうしてジュカがこの救護室にいるのだろう。

 この救護室はサンガード皇国のものだ。

 彼女は、ルベリアに雇われていた傭兵団の一員だ。


「ジュカは、どうしてここにいるんだ?」


「……レンドルに会いたかったから」


 護衛騎士を見ると、首をかしげて肩をすくめていた。何も知らないようだ。


 彼女のことは何も知らない。会ったこともない。初対面だ。

 どういうことか、まったく分からなかった。


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