第41話 ルベリア王国遠征 ―― 鈍らの剣と蛇の槍
「ゆるさん……もうきはまの攻撃は、俺にはちゅうでぃない」
エリクが、ゆっくりと大槍を動かし、穂先をレンドルに向けた。
「お前の鈍らの剣では、おれにはとどかん」
その無駄のない所作と放たれる威圧感に、レンドルは息を呑んだ。
圧倒的な実力者だけが持つ、淀みのない気配が、エリクから溢れていた。
エリクが深く息を吐くと、彼の周辺に淡い銀色の魔力の輝きが現れた。
重装の鎧に隠れて見えないはずなのに、纏う気配だけで、鋼のような筋肉がさらに引き締まっているのが分かった。
その淀みのない魔力操作にこそ、長年積み重ねてきた卓越した技術を改めて思い知らされた。
もう先ほどのような奇策は通じない。勢い任せの攻撃は来ない。
レンドルもまた、自身を鼓舞するように魔力を高めようとする。
しかし先ほど、意識が体から離れようとした。
あれは魔力疲労だった。もう限界なのかもしれない。
あとどれくらい戦えるのだろう。長くは戦えない。短時間で勝負を決める必要があった。
相手は槍だ。間合いを詰め、主導権を握らなければ一瞬で突かれる。
だが、鎧と魔力防御は斬れないと言われたばかりだ。
防具の隙間を狙う。間抜けヅラを斬りつける。他に何があるというのか。
その思考の最中、迷いを見抜かれたように、先にエリクが動いた。
しかし、無造作にレンドルへと歩み寄り、静かに突いた。
戦場で見る動きではなかった。静かすぎた。
その違和感が、間合いを詰めようとする意識を鈍らせた。
――しまった!
レンドルは剣を払って槍の軌道を逸らそうとした。
だが、その剣は容易くはじかれた。
レンドルが選択を誤ったのを皮切りに、凄まじい速さの突きがレンドルを襲った。
十、二十回と突かれたが、その都度、剣で軌道をずらしたり、紙一重で躱した。
フェザインとの戦いのお陰で、眼がこの突きを辛うじて捉えることができていた。
とてつもない速さだ。フェザインと違って一撃離脱じゃない。これを躱し続けるのは無理だと悟った。
そして、魔力防御を容易く斬り裂いてくる。
「耳をおとしゅ」
あの刻印魔法を施された槍を、うけ流すように魔力を流しても、一度か二度だけだ。
連続した突きでは、魔力操作が間に合わない。削られ薄まったところに正確に突きが来る。
――どうすればいい。
魔力防御は意味をなさないのであれば、視界と速度に回すしかない。
だが、あの黄金騎士の魔力の防御はどうしたらいい。
あれを斬るには魔法の武器が必要だ。
フェザインとの戦いで強引に飛び込んだ方法は使えない。魔力量も体格差もありすぎる。
「このくちの礼だ、ぃくぞ!」
腹の底から煮えたぎるような響きが大男の口から、恨みと一緒に漏れる。
息を整える暇もない。
剣で防ぐたびに、次の突きが迫っていた。
革鎧が裂け、厚手の服には血がにじみ、頬からも血が流れた。
鋭く突かれた瞬間、奥の腕を回したかと思うと、槍がしなり、蛇がうねるように襲ってきた。
躱したと思った穂先がレンドルの右耳を通りすぎた。
鋭い痛みが走る。
「グッ!」
レンドルの右耳が落ちた。
それでも、何とか大きく後ろに下がり、槍の間合いの外へ距離を取った。
「ハッハッハ。いくぞいくぞいくぞぉぉおおお!」
バチバチと刻印が光る。黄金騎士が槍を投げた。
レンドルは飛びのいたが、着地した槍が石畳を砕き爆発する。
体を伏せたが、飛び散る礫に全身が痛みを覚えた。破片が体中を傷つけた。
――クソッ、攻撃の隙が見つからない。
槍がまた光ると、黄金騎士のもとへ戻る。
エリクは、一度攻撃の手を休めた。
槍の穂先が、わずかに地を叩く。
「てゅぎは、その腕を落としてやろう」
「口数が減ったな。喋り辛いのか?」
「へらしゅくてを……。ひはまの尻から頭に槍がふき抜けるところを、蒼い髪の女に拝ませやる。その後はへいひの慰み者だ」
喋る度に、口から汚れた血が唾液と共に飛ぶ。黄金の鎧は首から下に紅い線が流れていた。
「無理してしゃべるな。雑音が耳に悪い」
目の前の男は、想像していた人物と違った。
濁った血を持った、ただの野蛮な男でしかなかった。
レンドルは剣を顔の右側に構えた。ずっと積み重ねてきた突きの姿勢を見せた。
だが、左腕は腫れて、何をしても響く痛みしかない。
左腕の上に刃を乗せる。狙うは首だ。あのゴルゲットごと、貫く一撃を放つしかない。
片手では無理だ。体ごと飛び込むしかない。渾身の気迫を込め、鋭い突きを放つ意識で狙いを定める。
「その構えその顔。まさにファレン! あの男にひはまの首を送りでゅけへやる」
エリクの左足が半歩下がった。
レンドルは、その一瞬を見逃さなかった。
なぜ下がった。この間合いでなんで、足を下げる必要があった。
――こいつ、まさか!
闇の森の狼を斬った、あの一瞬でいい。
もっと景色が遅くなる感覚を、今、一度だけでいい。
残りのすべてを賭けて集中していく。
レンドルの足元で石畳が砕け、身体強化された突進が、一直線に放たれた。




