表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第1章 赤髪の剣士と英雄
41/84

第38話 ルベリア王国遠征 ―― 砕けた英雄譚

 サンガードの兵たちの動きが止まった。

 ルベリア王国建国の英雄、黄金騎士が現れた。


「本物だ、黄金の騎士エリクだ」


「なんで黄金の蛇がいるんだ」


 低い声が、ざわめきとなって広がっていく。

 サンガードの戦士たちが、どよめいていた。


 黄金蛇鱗騎士団は、精鋭の騎士団だったはずだ。

 駐屯している騎士たちだけでも、厄介な強さなのに、それが援軍として現れた。


「巨人族を倒した戦士はどこだ。早く姿を見せろ、臆病者が!」


 どっと、ルベリア軍に笑い声が起こる。


「だめ……絶対、駄目……ッ」


 サナロアがレンドルの腕をがっしりと掴む。

 黄金騎士に、出てこいと言われている。

 当然、戦いになるはずだ。生かしておくはずがない。


 ブルードに目を向けると、その顔から光が消えていた。

 勝ち戦だと思った矢先に、要塞内に引き込む罠だったと分かった。

 そもそも黄金騎士が不在の情報自体が、偽りだった。


 周りを見ると、同じ目をしてレンドルを見ていた。


 皆、己の死を確信し、絶望に沈んでいた。

 そして、前に出たレンドルが無惨に屠られる瞬間を、ただ息を呑んで見届けようとしていた。


「勝ったと思ったんだけどね。銀狼退治もレンドルとなら……」


 灰兎族の戦士も、耳が力なくたれていた。

 それだけで、伝わってきた。


 レンドルの心臓は静かだった。

 自分も、どうせ死ぬと、そう思っていたのかもしれない。


「大丈夫だ」と声をかけて、サナロアのその手を優しくほどいた。

 それほど力は入れていない。ただ、彼女の手は震えていた。


 そして、黄金騎士の方に歩み始めた。

 それに気づいたエリクはまっすぐに、レンドルを見ていた。


「おい。そこの若い騎士。お前がそうか」


 ぴたりと視線が合う。だが、レンドルは後ろを見る。


「他に誰がいる、お前だ、寝ぼけているのか?」


 レンドルが後ろを見たのは、確かめたかったからだ。

 最後になるかもしれない景色を、眼に焼き付けようと思った。


 みんな血だらけだ。

 誰一人として傷ついてないものなどいなかった。


 剣や槍を、みんな下ろしている。

 逆にルベリアの戦士たちは肩に乗せたり、高く高く空を突いていた。


 レンドルはまた、黄金騎士に向き直る。


「巨人族を倒したのは、俺だ」


「ならば、貴様がサンルードの聖跡で加護を得た騎士か」


 この男は、レンドルが加護を得たことを知っていた。

 どうして知っているのだろう。どこからか伝わったのか。


 ルベリアは諜報に力を入れている国だと聞いたことがある。

 商人が多く、大陸の情報が自然と集まる、いや集めているのか。

 だとすれば、皇国内にもいるのかもしれない。内部の情報を渡す手の者が。


「サンガードに吹く風が、いささか強すぎたな。だが、見事なまでに策に嵌まった。まんまと踊らされるとは」


 エリクは侮蔑を隠そうともせず、さらに言葉を重ねる。


「間抜けどもめ」


 槍の穂先をレンドルに向ける。


「だが、お前のようなやつがいると、戦場の風向きが変わる。今ここで殺す」


「わざわざご指名なんだろ。一騎打ちなら受けて立つ」


「名も知らぬ赤猿とやってどうする。首を落として晒すだけだ」


 大槍に魔力が流し込まれ、バチバチと小さく弾けるような音を立て始めた。

 そう思った瞬間、黄金騎士がレンドルに向かって、大槍を投げ込んだ。


 とっさだったが、レンドルは避けた。距離があったおかげだ。

 それを眼で追いながら大声を上げた。


「よけろ!」


 レンドルの後方に居たのはサナロアたちだった。

 槍が地面に着いた瞬間まばゆい銀色の光と共に、爆発が起きた。石畳を砕き飛ばして悲鳴があがる。


 土煙が舞いあがり、あたりが茶色く濁る。

 投げた大槍が魔力の爆発を起こしていた。地面に大きな穴が開いていてその中心に槍が立っていた。


 周りの戦士たちが何人も倒れている。

 脚が落ちているのも見えた。

 うめき声がレンドルの耳に残った。


 レンドルが駆け付けると、サナロアが倒れていた。

 頭から流れた血が、額を伝っていた。


「サナロア!」


 口の中に砂が入り、不快感が襲う。

 レンドルの顔に舞い上がった砂が、汗に混じる。


「ん……大丈夫だ……」


 レンドルはサナロアを抱き起こした。

 彼女の顔も、血と砂で汚れていた。


 タタが右腕を抑えながら、レンドルが起こそうとするのを控えるように言った。

 灰兎族の戦士の右腕からは、血が流れている。軽傷には見えない。


「頭を打ったんだ。サナロアは動かさないほうがいい」


 タタの言葉に、レンドルはゆっくりと彼女を下した。


 彼女は胸は規則正しく上下しているが、ぐったりとしている。

 腰に回していた両手には、ぬるりとした感触が残った。


 ゆっくりとその手を見ると、温かい血があった。サナロアの血だ。


 手が、真っ赤だ。

 血の匂いだ。


 ――サナロアが、倒れている。


「悪夢だ」


 レンドルの頭に雷のような衝撃が落ちた。


 大槍がまた銀色に光ると、まるで自らの意思を持つかのように地面から抜け出し、黄金騎士の方に素早く飛んでいく。そして、それをなんなく掴む。

 刻印が光っていた。大槍は刻印魔法を付与された魔法の武器だった。


「なぜ投げた! 俺とやるんだろう!」


「女と抱き合っていたな。ここは子作りに励む場所ではないぞ」


 下品な言葉と共に、黄金騎士が笑う。


 吟遊詩人が謳う英雄譚の黄金騎士は、清廉にして潔白、騎士道精神を体現した高潔なる存在のはずだった。


「こいつは、狼なんだ」


 レンドルの胸中で、憧れという名の幻想が、打ち砕かれた。


「タタ、サナロアを頼む。腰にも血が」


 タタは力なく頷く。そして、レンドルに向かって小さく言った。


「もう、レンドルしかいない」


「分かってる」


 レンドルの体に、じわりと銀膜が浮かぶ。


 この男は一騎打ちなんてする気がなかった。

 レンドルを名指しで呼んだのは、加護を持っていることを確認し、確実に殺すためだった。


 それに今、士気の低い皇国軍をルベリア軍が攻撃し始めたら、すべてが終わる。


 レンドルは、黄金騎士に向かって吠えた。


「俺はレンドル・ブレイズだ! 後から出てきたくせに。臆病者なのは、お前だ」


「なんだと? 俺を臆病者だと……」


「巨人族を倒した俺を恐れているんだろ。黄金騎士ってのは、不意打ちで名を挙げてきたのだな!」


「こ、この猿が! 死ぬ前に教えてやる。俺は黄金騎士エリク――」


「黙れ!」


「だ、黙れだと!? このエリク・ヒューリッドに黙れと言ったのか!」


 黄金騎士の目つきが変わる。レンドルに向かって凄まじい殺気が向けられる。


「この猿が……串刺しだ!」


「なら、お前の喉に剣を突っ込んでやる」


 レンドルの銀色の魔力に、どろりとした昏い紅が滲み始めていた。

 眼前の敵を、その狼を、網膜の奥底へと苛烈に刻みつけた。

 体の奥底、遠くにある何かが、叫んでいる。


「――狼は、殺す」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ