第35話 ルベリア王国遠征 ―― 卑怯者の誇り
レンドルは動いていた。フェザインに向かって突きを繰り出していた。
それに反応して、フェザインが避ける。
「なんにょまにぇだ!」
「勝負はついてる」
「こりょすじょ! ばかがみ!」
喋るたびに、血が唾液と混じって滴り落ちる。
血走った目でレンドルを睨みつけてくるが、今の風貌では夜を彷徨うもののように見えた。
レンドルも、父親と繰り出した盗賊退治のおりに、牢屋に繋がれた誰かが、そうなっていた。
「ベックは、あんたにとどめを刺さず、一度見逃したはずだ」
ルベリアの兵たちから罵倒が飛ぶ。不満の積もった声は、今にも全員が襲ってきそうな勢いだった。
有無を言わさずフェザインが間合いを詰めて、レンドルに突きを繰り出す。
胸を狙われたが、半身に構えそれを難なく交わす。
「確かにそよ風だ」
「コ゛ロス゛!」
フェザインの異常な殺意が、ベックから完全に俺へと固定されたのが分かった。それでいい。ベックから意識を完全に外させる、それだけでよかった。
先ほどの素早い突きからは考えられないほど、鋭さが消えていた。
体力も相当使っている。呼吸の乱れからみても、ベックが肉薄していたことが分かる。
ベックは退場したが、戦いの続きだと、両陣から大声が上がる。
戦場の中にあっても、一対一というのは心躍るものなのだろう。
ましてや、名のある戦士同士なら、興奮しないはずがなかった。
レンドルがちらりと、サナロアとタタを見ると、サナロアから心配そうな目を向けられた。
「自慢の右拳は飛んでったが、まだ治癒が間に合うはずだ」
「……俺を助けるつもりかよ」
ベックが苦痛に顔を歪めながら、レンドルを見た。右手首から先を失った腕を押さえている。それでも、声に力があった。
「あんたに借りがあるからな」
「なんのことだ」
「懲罰兵のとき、白い布のことを教えてくれただろ。短剣の意味も」
ベックは一瞬、目を細めた。
「はっ、そんな大した理由じゃないだろ」
「どんなつながりでもいい。あんたには死んでほしくない。死んだら……酒も飲めないだろ」
レンドルの言葉に、ベックが短く笑った。笑うたびに血が滲む口元を、乱暴に拭う。
「俺はお前に嫌悪の目を向けたんだぜ、それなのに――」
その言葉には、珍しく棘がなかった。
「仲間を見捨てない。あんたに教わった言葉だ」
ベックは黙った。しばらく、レンドルをじっと見ていた。
「ちくしょう。酒が足りねえ」
タタが駆け寄り、サナロアも続いた。二人がベックの両腕を支えるようにして、戦闘の場から連れ出していく。
血まみれのベックは、引きずられながらも、赤く染まる白い歯を見せた。
さすがにノックス中隊長も、この姿をみたら禊は終わったと許してくれるはずだ。
――俺には、守るだけの力が足りなかった。だけど今は違う。
レンドルは黒い法衣の男に向き直った。
「いっきうちをじゃばじだな゛ひきょうもにょ」
先ほどと打って変わって、呼吸は整い、魔力の乱れも感じられなかった。
攻撃を交わしたあと、回復するほうに切り替えたのだろう。
怒り狂っていたが、冷静さはあった。怖い相手であることには違いない。
「不意打ちから始まる一騎討ちなんて、聞いたことがないな。それに、俺は卑怯者でも構わない」
「ッ!!」
レンドルの指摘に反応して、フェザインがレンドルを中心に、また滑るように突進してくる。
剣を正面に構え、受けに回る。
それを繰り返していると、徐々に突きが鋭さを増し、受けきれなくなり、とうとう躱すだけになっていた。
魔力を高める。
最初は見えたと思ったが、景色が遅くなるのは一瞬で、連続で繰り出される剣戟に耐えられなかった。
間合いを取ると、すかさず詰められる。
突きの速さは、さらに増してくる。
魔力を爆発させて、剣を弾こうとした。
ところが弾いたはずの剣が、防御を超えて、肩口を斬り裂いた。
傷口は浅いが、これが急所だったとすると、ゾッとする。
レンドルは大きく剣を薙ぎ払うと、フェザインが後退する。
「ばりょきゅびょうびょでふしぇげりょりゅとおもったか!」
魔力防御を斬り裂いた。レンドルには覚えがあった。
叙任の間で対峙した、ランパルザが持っていたルーンが刻印された魔法剣だ。
黒法衣の男の持つ細剣は豪華に装飾がされているが、ルーンは刻まれていない。
だが、剣が放つ魔力は男が持つ魔力と同じだった。
――自分の魔力を剣に纏わせているのか!
衝撃だった。そんなことが出来るとは思わなかった。考えもしなかった。
近衛騎士の剣は魔力防御で弾き折った。
それよりも細い剣なら、レンドルの魔力防御で間違いなく折れる。
だから、折れないようにしている。
貫通力を増すために魔力を流していた。
見ると、汗一つかいていなかった神父の男は肩で息をしている。魔力も乱れてきていた。
整ったと思った呼吸も魔力もまた乱れ出した。
その姿に、攻城戦前に経験した魔力疲労による意識喪失が脳裏をよぎった。
呼吸が上手くできないことに加え、風魔法を使っての移動術、剣に魔力を纏わせて、自分も魔力防御をしている。
魔力を使いすぎによる、急激な魔力疲労だと考えた。
つまり、どこかで倒れる。魔力が使えなくなる、その瞬間がある。
レンドルは、全身の魔力を一気に爆発させた。
「な゛、な゛んりゃそのまりょくりょうにゃ」
レンドルは剣を鞘に納めると、大きく息を吸った。
魔力を集めるだけじゃない、もっと厚く濃くするように、魔力を流した。
そして、力強く踏み込むと石畳が割れた。
その反発を使って爆発的な加速で、フェザインに向かって行った。
目の前の男が剣を振ると、レンドルは左腕で受ける。弾けなかったが、細剣がレンドルの小手に軽く当たり金属音が鳴った。
魔力を斬ったとしても、分厚く密度のある魔力で攻撃の勢いは弱まっていた。
レンドルはすかさず黒法衣の男を右手で掴もうとした。
それを躱し、距離を取ろうとする。
だが、レンドルも方向転換をしてまた掴みにかかる。
無呼吸での連続した動作。
その中でも、突かれた細剣は正確にレンドルの喉に向かって行ったが、レンドルは魔力を流すように防御膜を張り、剣の軌道はそれた。
フェザインの苦痛の顔と焦りの顔が入り乱れ、色男にさらに磨きがかかった。
驚愕の目を向けられながらも、レンドルはフェザインを掴もうとする。逃げるフェザイン。追うレンドル。
フェザインの膝がガクッとした瞬間、レンドルはフェザインの突かれた剣を右手で掴んだ。
引き抜こうとするフェザインの腹に左手を打ち込んだ。
腹の中の物が全て口からでそうな勢いで、血の混じった胃液が吐き出された。
フェザインの指から力が抜け、細剣が手放された。
レンドルはすかさずその右手でフェザインの胸倉を掴み直す。そのまま右腕を強引に振り回してフェザインの身体を宙に浮かせると、思いきり石畳に叩きつけた。
石畳が砕け散り、破片が周囲に飛んだ。
声にならない声がフェザインの口から漏れた。もう一度、同じことを丁寧に繰り返した。
「俺は、仲間を守るためになんだってやる。もう失うのはごめんだ。おい、聞いてるか?」
レンドルが右手を上げると、ぶらりと下がるフェザインの腕は、良からぬ方に折れ曲がっていた。
おそらく全身の骨も、ただでは済んでないはずだ。
「最初にベックはお前を見逃そうとした。お前もベックを見逃してくれた。だから、俺もお前を殺さない。分かったな」
だらりとした血まみれの男が、小さく頷いた。そして、全身の力が抜けたのが分かった。
サンガードの兵士たちから、レンドルの名前が大合唱された。
サナロアを見ると、両手で口を覆いながら、潤んだ瞳で見ていた。
レンドルは、小さく白い歯を見せた。




