第31話 ルベリア王国遠征 ―― 蒼髪のサナロア 4
蒼い髪の姉妹が、壁際に並んで座っている。
治療を受けながら、何かを二人で話している。
レンドルの耳ならば、聞こうと思えば聞こえる。でも意識してそうしなかった。
代わりにレンドルは、忙しく小隊に指示を出していた。
兵士長を集めて、弓を扱えるものを、揃えた。
いまはもう、敵からの回廊と城壁通路からの弓はない。
今度はサンガード皇国が、弓を打ち込む番となる。
その指示を、集めた兵士長にしていたところだった。
このあと、レンドルは中隊長と合流するつもりでいた。
本体の後押しをするためにも、必要だと考えていた。
そのとき、タタが隣に来た。
「じゃあ、回廊通路は僕が行くよ」
「僕がって、俺も行くんだよ」
「ちっち。レンドルはさ、まずサナロアと話してきなよ」
タタが指を器用に揺らす。その言葉にレンドルは思わずタタを見た。
「人族はさ、複雑なんだから。レンドルしかいないよ」
多分、サナロアの傷心をどうにかしてこいと、そういうことなのかと思った。
タタはそれだけ言うと、振り向きもせずに歩いていった。
兵士長たちがレンドルを見た後、タタの後を追った。
その、複雑な事情に首をつっこむなんて、出来やしないと思った。
茫然と立ち尽くした。なんて声をかければいいのか。
ちらりと姉妹のいた壁を見ると、サナロアはいなかった。
髪の長いイステアが、少し手をあげ、招くような仕草をした。
レンドルが行くと、イステアと目線が合う。その顔は本当にサナロアと瓜二つだった。
「双子にしか見えないよ」
「私が二つ上なのにね。……ねえ、隊長さん。聞いたわ。サナロアの剣を預かってくれて、ありがとう」
「……それで良かった、でいいんだよな」
「ええ、私はサナロアとさっき話をしたの。まだ、沢山はなさないといけない。でも、生きていこうって」
そういうとイステアは声を篭らせた。その頬に涙が流れる。
「ごめんなさい。彼女に会うことはないと思っていた。そしたら戦場なんだもの。もう言葉も交わせないと思った。死んでもいいと……」
「なら、戦争が終わったら、もっと話せばいいさ。その時間はあるんだろう」
「ええ、そうね……」
涙を拭いながら、その顔には微笑みが見えた。
「こんなこと言える立場じゃないんだけど、サナロアのことお願い。あの子、強がりだけど、とても泣き虫なの」
レンドルは、そう言ったイステアが泣いてる姿を見て、姉妹だなと思った。
彼女は妹想いの姉だ。サナロアもきっとそうに違いない。イステアが倒れそうなとき、体を支えて抱きしめていた。
サナロアが遠い目をしていた時のことを思い出す。
それは、イステアのことを思っていたはずだ。
なぜなら、目の前の女性と同じ目をしていた。
二人はそれぞれが、相手を想っている。美しい姉妹だった。
姉妹という言葉が、レンドルの胸に引っかかった。
――そういえば、フィーネは今、どうしているだろう。
フィーネは、母親が死んだ日から、レンドルを恨む言葉を口にするようになった。
段々と、妹との会話は無くなっていった。あの時もどうしたらいいか分からなかった。
そのまま、時が過ぎ、皇妃の侍女に人質にされた。恨みが無くなるはずはない。
溜息の後、レンドルが周囲を見回すと、イステアが答えをくれた。
「サナロアは上に行ったの。風に当たってくるって」
◆
階段を上り、城壁通路に着く。
サナロアが壁に寄り掛かって座っていた。
手の甲に巻かれた包帯が、風に晒されている。彼女は遠くを見ていた。
太陽が雲の向こうに隠れ、ぼんやりとした光だけが空に広がっていた。
レンドルは何を話せばいいか、分からなかった。
剣を渡さなかったことを、怒っているかもしれない。
それでも足を向けた。
サナロアの近くに立つと、彼女は前を向いたまま言った。
「隊長は、風よけも仕事なのか」
「……風が強いからな」
怒ってはいなさそうだが、普段の彼女の言い方を今聞くと、怒っているようにも聞こえるから不思議だ。
レンドルは何も悪いことをしたとは思っていない。でも二人の邪魔をしたのかもしれないと、考えがまとまらなかった。
「今、気持ちよく風に当たっているんだ。邪魔をするつもりがないなら、座ってくれないか」
レンドルは言われるがまま、一人分開けて隣に座った。
近すぎても、遠すぎても良くないと考えた。
なんだか、敵の前で剣を構えるより、難しく考えていることに怖さを覚えた。
風が吹く。遠くで剣戟の音がする。戦はまだ続いていた。
「姉を、殺せなかった。名誉は守られない」
レンドルは黙って聞いた。
「笑える話だ。信じていた両親が、守るべき名誉など持っていなかった。そもそも、私は男爵の血など流れていなかった。何か、守るものがあったのか」
彼女の頬に涙が伝う。
「姉は父親と思っていた男に穢された。……母は姉を売った」
声が震えていた。
「それどころか、父親との血のつながりもない。母親も父親も狂っていた」
顔を伏せて両膝を抱える。
「血のつながりがなくて良かった。どうせなら、母親の血も、なくてよかった」
しばらく黙った。風が蒼い後ろ髪を揺らす。
サナロアが伏せたまま、風に消えそうな小さな声で呟いた。
「私は何を得たんだ。失っただけだ。違うな……最初からなかった」
「君の姉がいる」
「私は自分の姉を、殺そうとしたんだぞ!! 何も知らずに……」
勢いよく顔を上げ、レンドルを睨みつける。
「教えてくれ、レンドル。……私はどう生きたらいいんだ。騎士の真似事を続ければいいのか。その先に何があるんだ」
「……俺には、分からない」
サナロアがレンドルを見た。
向けられた目を直視できず、レンドルは視線を外した。
「お前が、お前が私を止めたんだ。剣を持っていれば……!」
「果し合いなんて……君が死んでいたかもしれない」
サナロアは黙った。
「でも、君も、君の姉も、生きてるだろ」
少しの間、風がやんだ。
「生きているだけだ……」
「俺は母親を銀狼に殺された。その復讐のために剣を取った。その先に何があるか、考えたことがない。今もない」
レンドルはサナロアに視線を戻した。彼女の蒼い眼が滲んでいた。
「母親は生き返らないんだ」
少し間を置いた。
「だから、俺を恨んでくれていい」
「……なんだその答えは。それで、いいのか」
「よくないかもしれない」
風に流された雲が太陽を戻し、光が城壁通路の二人を照らしだした。
「ははっ、情けない答えだな」
サナロアの頬に一筋の光が流れた。
「そうだな」
サナロアがレンドルに抱きついた。
「お、おいサナロア」
「恨んでやる。レンドルを恨んでやる。私が生きる道は、お前を恨むことだ。私は……生きてやる」
レンドルは、そっとサナロアの背中に手を回した。でも、それは宙に浮いたままだった。
この手をどうすればいいんだ。置いて、どんな言葉があるんだ。黙っていればいいのか。
「レンドルの馬鹿。馬鹿……」
レンドルは、ようやくその手をサナロアの背中に置いた。
「ごめんな……」
「謝るなんて、許さない……」
レンドルは何も言えなかった。
城壁通路は制圧した。巨人族も倒した。
急いで戻る理由は、もうないはずだ。
サナロアにどう接したらいいのか、分からなかった。
タタの言う通り、人族は複雑だ。それを身をもって知った。
剣しか振ることが出来ない。なら、戻るしかない。
「……みんなが待ってる」
そして、背中の手をサナロアの頭に置いて、優しく撫でた。
サナロアが顔を上げると、その顔はぐしゃぐしゃだった。
レンドルは、サナロアを抱えるようにして、立ち上がらせた。
レンドルは手を差し出した。
「行くぞ。俺の背中をまた、守ってくれ」
サナロアは少しの間、その手を見ていた。
「わたし……」
それから、レンドルの手をそっと掴んだ。
赤髪と蒼髪を、風が揺らした。




