第30話 ルベリア王国遠征 ―― 蒼髪のサナロア 3
向かい合う蒼い髪の姉妹は、一言も発せずにいた。
「黙ってるだけだと、時間が無駄になるよ」
タタの余計な一言に、サナロアが怒りをぶつける。
「兎は黙ってろッ!」
酷い言い方だったが、タタは肩をすくめるだけだった。
「傭兵の流儀でいいなら、思う存分殴りなよ」
タタの一言で、その場の空気が変わった。
傭兵団の男たちが、自然と輪を作るように後ろへ下がる。
レンドルも味方も何となく二人を囲うように動いた。
団長がイステアの隣に立ち、低い声で言った。
「事情は知らないが、負けるなよ。蒼い狐の名が泣くぜ」
そう言って団長が下がると、「イステアに賭ける」と聞こえた。傭兵たちは逞しかった。
イステアは小さく苦笑いした。
武具を外した二人が向かい合った。
「剣と剣。果し合いで殺したかった。サンガードに連れて帰る。いつまでも、首がつながってると思うなよ」
「怖いことを言うようになったわね」
「くッ……私に何か言うことはないのか、イステア」
「手紙を書いたのだけど、その様子では届いてないのね」
「手紙……だと? 言いたいことがあるなら、家に来ればいいだろう。そのまま死ねたぞ」
「知らないから、そんなこと言えるの」
「何を偉そうに。私は、お前には言いたいことが山ほどある。だったら、お前が殴った分だけ、喋らせてやる」
「そう……。私、言いたいことあるの。泣いちゃだめよ」
「黙れ!!」
サナロアが素早く踏み込んで、右拳を突き出す。
それを難なくイステアは躱し、サナロアの右手側を円を描くように動く。
「なぜ父親を殺した!」
追いかけるサナロアの左拳もイステアが躱す。
「騎士になった日に、お前の父親に襲われた」
「ざ、戯言を」
拳が交わる。二人の頬を拳が霞める。
「隙を見て私は剣で刺した」
「父がそんなことするはずがない!」
二人が止まる。全力の殴り合いのせいか、二人の息が聞こえる。
「騎士院を卒業する日よ。商人の息子に嫁げと、お前の母親に言われた。ふふ……お祝いどころか、お金にされたの」
「うそだ!」
サナロアの打ち込みの鋭さが増す。
イステアが受け、さばき、打ち返す。姉妹は同じ構えをしていた。
「財産も奪って逃げた!」
「財産なんて最初からないわ。残ったのは私を売ったお金よ。あの男を殺した後、居なくなったから、商人が裁判を起こした。あの女が何に使ったのか知らないけど、支払えずにあの女は自殺した。商人から直接聞いたの」
「うそだ!」
サナロアが急に構えを反転し、攻撃のリズムを変えた。
同じようにイステアも構えを変える。二人は同じようなステップを踏む。
まるで踊っているように見えた。
「その商人の髪色が、蒼い髪だった。私たちと同じね」
「な……」
サナロアは、それ以上言葉が出なかった。表情から生気が失われていた。血の気が全くなかった。
「あの女はね、男爵家のもとに来る前に、子供を産んでいたの。つまり私よ。私を捨てて男爵家に入った」
「ところが、中々子どもが生まれないからって、私を養女にしたの」
レンドルには、その構図が頭に入りきらなかった。男爵は知らずに、他の男の娘を二人育てていたのか。
「そして、あなたが生まれた。でも、不思議なの」
沈黙の中で、息遣いだけが聞こえる。
「髪の色も、顔もそっくりに育ったわ。双子みたい。そう、父親が同じだからよね」
「なんだ……それは……。その、商人が……父親だって言うのかッ!」
二人は血の繋がった姉妹だ。ただ、男爵家の血ではない。母親が通じた商人の子だった。
レンドルは、その事実がどれほどサナロアを打ちのめすか、想像するだけで息が詰まった。
「私は小さいときから、あの男に慰み者にされていたわ」
「やめろ!」
「私を、サナロアって呼びながらね。気持ち悪い男だった」
「ッ!!」
サナロアの表情が複雑に歪むのも当然だった。そんな話を聞かされたくないはずだ。
「血が繋がっていると思っていたサナロアに、覆いかぶさっているつもりでいたのよ」
「やめろおおおおおおおおおおおおお!!」
レンドルの背中に凄まじい悪寒が走った。この話が事実だと信じたくなかった。
イステアの動きは鈍いまま、サナロアに近づいていく。息が上がったままだった。それでも続けた。
「く、くるなあああッ!」
サナロアが、苦しい顔のまま一気に踏み込んだ。
「襲われた傷で……もう子供が産めなくなった」
涙を浮かべながら、それでも微笑んだ。
サナロアの拳がイステアを打ち抜いた。
崩れかける身体を、サナロアの腕が掴んだ。抱きしめるように。
「……ごめんねサナロア、一人にして」
イステアの声は、かすれていた。
サナロアは大声で泣いた。
レンドルには、言葉がなかった。
ただ、剣を渡さなかったことだけは、確かだった。




