第29話 ルベリア王国遠征 ―― 蒼髪のサナロア 2
無駄な血を流さずに済んだ。そう息をついた瞬間も束の間だった。
サナロアを見た傭兵団の指揮官は、彼女をイステアと呼んだ。
最初、姉がいると話していたサナロアのことだと思わなかった。
レンドルは思わず剣を抜いて、それをサナロアに向けた。
何でもありの戦場で、仲間が入れ替わっていたのかと、最悪の想像をしてしまった。
だが、それはすぐに間違いだと気づくことになった。
サナロアが自分の姉がいると、低く震える声で怒りを発したからだ。
「レンドルは、なんで剣を抜いたの?」
それを見ていたタタが、不思議そうな顔で声をかけてきた。
レンドルが抜いた剣に、指揮官は固まっていた。
この場で、サナロアがイステアだと思っていたのは、レンドルだけだろう。
ずっと一緒にいて、鎧も兜も同じなのに、考えすぎだった。レンドルは急に恥ずかしくなった。
「……いや、何でもない」
すぐに、レンドルは剣を鞘に納めた。サナロアが一瞬こちらに眼を向けたが、指揮官に向かって一歩前に出る。
その鋭い目の奥に冷たいものを感じる。姉を斬るつもりでいる。そのために戦場に生きてきた。
「イステアがいるんだな、どこだ」
「あんた……姉妹なのか、同じ顔だ」
指揮官も彼女の雰囲気を感じたのだろう、喉を鳴らして息を飲んだ。
ゆっくりと振り向きながら、自身の後方を指さす。
「さっきまで、そこで話をしていた」
何も言わずに、サナロアの足がその方向へ向いた。
「行かせたら?」
タタが静かに言った。復讐するならすればいい。そういう顔だった。
「邪魔をするな」
サナロアの足が止まらない。レンドルは前に出た。
「レンドル。行かせてもらう」
彼女が姉に会ったらどうする。さっき自分がとっさに剣を抜いたように、彼女も抜くかもしれない。
サナロアが剣を抜く理由は、レンドルのそれとはまったく違う。
だったら、剣を抜かせなければいい。
「なら、剣は預けてくれ」
「なッ……!」
「降伏した相手を、個人の理由で切れば戦争契約の違反になる。お前は副官の立場だ」
「レンドル! 貴様!」
「それに、俺のように懲罰兵になれば、家の名誉は守られないだろ」
「なら、私は副官を――」
「副官を止めるなら、拘束する」
「――こ、拘束するだと!? 仲間をか! お前がそんな奴だとは思わなかったぞ!」
「そうだ。仲間だからだ。俺の戦友を、俺のように懲罰兵にはさせない」
サナロアがレイピアを抜いた。レンドルに向ける。
「俺に剣を向けるのは構わない。どんなに早くても、俺は止められる」
「うぬぼれか!」
「そうだ。だから、今ここにいる」
「くッ……クソッ! これでいいな!」
石畳に剣を打ち付けると、見事にそれが刺さる。
タタが、サナロアと剣との間に立つ。
それを彼女が睨まないはずがなかった。
「イステア! 出てこい!」
サナロアが大声でイステアを呼んだ。
沈黙が続く。徐々に人が道を作ると、その先から武具を外した蒼髪の女性が歩んできた。
「サナロアが二人だ」
タタの言葉にレンドルは驚いた。レンドルもそう思わざるを得ないほど、同じ顔だった。イステアだろう女性の髪はサナロアより少し長い。
「久しぶりね、サナ」
「そんな呼び方を許すと思うのか!」
サナロアが鞘に手を掛けるが、剣は無かったため手が宙を掴む。
剣を預かってよかった。会った瞬間に抜こうとした。剣を抜く構えのまま、二人は再会した。
「人族って複雑だよね」
タタが静かに呟いた。




