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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第1章 赤髪の剣士と英雄
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第28話 ルベリア王国遠征 ―― 蒼髪のサナロア 1

 城壁通路を制圧しながら進む道中、生臭い血と鉄の匂いが鼻を突く。

 レンドルたちの小隊は順調にルベリアの防衛線を突破していた。


 ルベリアの弓兵が、眼下のサンガードの的を弓で射る。反撃などされないと分かっているからこその油断だった。

 レンドルたちは、タタを筆頭に足の速いもので組んだ先発兵で一気に駆け抜ける。途中で気が付いた兵士をすかさず戦闘不能にする。

 その後にレンドルたちが雪崩れ込むと、結果的に挟み撃ちになる。すでに半分以上の城壁通路はサンガード皇国の旗が掲げられていた。

 中層回廊は、ノックス中隊が制圧しているのが見える。そこも旗が埋められてきていた。


 それを繰り返してると、他の小隊も監視塔を突破し、城壁通路の制圧が加速した。


 ふと、レンドルはサナロアの奇妙な行動に気づいた。彼女は倒したルベリアの敵兵のそばにしゃがみ込み、わざわざ兜の面頬を開けて、その死に顔を確認していたのだ。


「サナロアは何をしてるんだい。それって人族の儀式か何か?」


 タタが不思議そうに長い耳を揺らして尋ねた。


「知り合いに似ていてな……」


 サナロアは淡々と顔を確かめながら答えると、すかさず次の質問が飛ぶ。


「ルベリア兵に知り合いがいるの?」


「いや、傭兵だ。風の噂で聞いた」


 傭兵は自分たちの戦場を選ぶ。知り合いが敵になっても、そう不思議でもないことだった。

 レンドルは、目を閉じた傭兵を見ると、髪の色が気になった。


「女性だ。髪が蒼い……サナロアと同じだ」


 レンドルも足を止め、その髪を見つめながら思わず呟いた。

 サナロアは顔を上げ、静かに語り出した。


「私の姉は騎士になった日に、父親を殺して家の財産を奪って逃げたんだ」


「うわあ……」


 タタが露骨に嫌そうな顔をして、耳を伏せるように動かした。


 サナロアが淡々と話すのはいつものことだが、身内のことまでそうだと、彼女の心は鉄でできているのかと思えてしまった。


「……だから剣を取った。姉を殺すために。そう、言い続けている」


 彼女の身の上を、惜しげもなく話してくれた。

 レンドルは、信頼めいたものを彼女が抱いてくれた気がした。


 彼女が剣を取る理由は、言わなくても分かった。エーダー男爵家の名誉のためだろう。

 姉を殺すまで終わらない。それを言い続けることで、周りに名誉を重んじていると、見せているのかもしれない。


 身内から、盗賊に身を落とす者もいる。犯罪を犯して死罪になるものもいる。

 家全体が、そう見られないためにも、行動で示し家の格を落とさないように立ち振る舞いする。


 一つ上の年代で、仲の良くなった騎士院の知り合いに教わった。

 彼の家から、盗賊に身を落としたものがいて、彼自身も討伐隊に志願したと言っていた。

 ただ、その後のことは詳しく知らない。帰らなかったからだ。


 サナロアの潤んだ双眸(そうぼう)は、悲しみに満ちていた。

 ぜんぜん鉄なんかじゃなかった。ずっと、堪えながら生きてきたのだと分かった。


 彼女を見ていると、その姉がなぜ、そんなことをしたのか気になった。

 でも、聞けるはずがなかった。


 彼女は空を仰いだ。その眼は遠くを見ていた。

 レンドルには、その眼差しに見覚えがあった。記憶を辿るときに、そうなる。


 今、サナロアが視ているのは、両親のことなのか、それとも姉との記憶なのだろうか。

 ただ、兜から見える青い髪をみると、後者なのだろうと思った。


 貴族のいざこざは、戦場よりも血生臭いことがある。

 レンドルもそれ以上は踏み込まず、再び剣を構えて前を向いた。


 レンドルの父ファレンは、騎士爵にも貴族にも興味はなかった。

 どうせ一代限りだからと、よく言っていた。平民に戻ってもよかったらしい。


 だが、サナロアは違う。男爵家ともなると、そこで働く人や領地のこともある。

 彼女が背負っているものは、レンドルには、想像もできないほど大きいものだと思えた。


 長い城壁通路を進み、弓兵を斬り抜けていく。

 要塞の中枢は、本部と思われる大きな建物がある。その裏側以外の城壁通路は、ほとんど制圧を終えていた。


「もう城壁通路は、いいだろう。水を取ったら中層回廊に向かおう」


 レンドルの指示が飛ぶ。兵士たちは水袋に口を付ける。

 紋章官たちも合流して、城壁通路と監視塔について話をしている。

 この攻略も、レンドルたちの攻略があったと、話し声が聞こえる。


「紋章官殿。最初の監視塔の攻略は、灰兎族の傭兵タタのお陰だ。そこから俺と一緒に城壁通路を制圧した」


 そう告げて紋章官たちに状況を伝えると、タタの記録を付けているようだった。

 タタの耳がピンと張っている。うんうん言いながら、補給食にかじりついた。


「レンドル、このあとノックスと合流するのか?」


 ずっとついてきている紋章官見習いの質問に、そうだと答えると、彼らも一息ついた。


 紋章官は、戦争中は相手が上官であっても呼び捨てを許されている。

 素早く記録するため、サンブラント皇帝が定めたらしい。

 今、話していた見習いと会話をしているときに教えてもらった。


 レンドルも、渇きを飛ばすように、水袋を口にした。

 ふと、サナロアに目をやるとサナロアは兜を外し、同じように水を口に運んだ。


 鋭い目つきだが、まつ毛は女性らしく長い。整った顔立ちをしている。

 細身だが、鍛えられた姿勢から、騎士の訓練を受けてきたことが分かる


 体のしなやかさからくる伸びのある突きと、正確な剣技は、どれほどの時間をかけて作り上げたのか。

 剣の鍛錬に心血をそそいできたレンドルには、それがよく分かった。


 外した兜の後には、汗で張り付いた髪が見える。

 城壁通路に強い風が吹くと、その蒼い髪がなびき、太陽の光に鮮やかに映えた。


 レンドルは、監視塔に足を向けた。

 なぜか、サナロアの姿が頭から離れなかった。


 ◆


 捕らえた兵士たちの監視を外すことはできない。

 仕方がないが、下手に反撃をさせないよう、武具を城壁の外に落とす。

 戦意を無くしたルベリア兵を縛り上げた。

 一部の兵士だけを残し、本体と合流する算段を付けた。


 レンドルたちは、中央の監視塔へ向かった。

 やがて、中層回廊へと繋がる巨大な階段口に出た。

 そこには、大盾と槍を構え、統率の取れた動きで陣を敷く部隊がいた。

 部隊旗には酒樽と青い狐の絵が描かれている。ルベリア側の傭兵団が立ち塞がっていた。


 だが、レンドルは剣を下げたまま、よく通る声で宣言した。


「無駄だ、武器を下ろせ! 城壁通路は、すでに俺たちが完全に制圧した。お前たちに逃げ場はない!」


 その言葉と、次々と通路になだれ込んでくる皇国兵の数を見て、傭兵団の指揮官らしき男が舌打ちをした。

 戦局を悟ったのか、傭兵たちは次々と武器を石畳に置き、両手を上げた。


「結構がんばったんだがな、降参だ。捕虜の待遇で頼むぜ」


「傭兵にそんな待遇なんてないよ。下着以外、脱ぐのが流儀だろ」


 タタが呆れたような口調で声を張る。


「ち、分かったよ。女が何人かいる、そいつは許してくれよ。武器は置いたんだ、命は取らないよな」


「うちの隊長は大丈夫だ」


 タタはレンドルを見て答えた。


「巨人族が居たはずなんだが、どうなったんだ」


「俺が倒した」


 指揮官と、取り巻きの傭兵たちが、レンドルを見る表情が変わる。

 冗談だと思わせないためにも、鋭い視線はそのままにした。


「小隊長を務めるレンドルだ。こっちは副官の――」


「あ? イステア、何でそっちにいるんだ」


 傭兵団の指揮官の間の抜けた声に、レンドルは抜刀し、それをすぐさまサナロアに向けた。

 サナロアをイステアと呼んだ。知らない名だった。

 指揮官は彼女のことを、完全にイステアという人物だと思っているようだ。


「……イステアが、いるッ」


 自身に向けられた刃を意に介さず、サナロアは怒りに震えた声で呟いた。

 彼女の鋭い目つきが、より細く強くなっていた。


 レンドルは理解した。指揮官にはサナロアがイステアに見えたのだ。それほど似ているのだろう。

 ここに居る、その姉が。

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