第27話 ルベリア王国遠征 ―― 監視塔の死角
レンドルたちは、城壁通路に向かうため、中層回廊にある監視塔の一つにいた。
レンドルを先頭に、サナロア、タタと続く。
今や二人の連携なしには戦えないと思うほど、信頼していた。
後続には任された小隊、サンガード皇国の兵士たちが続く。
レンドルは、眼下で戦う本体の旗兵に目をやると、数が少なくなっている。
巨人族を倒す前と比べ、まばらにしか旗兵が見えない。
中層回廊はこれから制圧されていくだろう。だが、城壁通路から放たれる弓の嵐に、耐え続ける時間などなさそうだった。
そのとき、皇国の盾兵が構える方向を、正面からの弓兵から、両脇に交互に並び直した。
すると弓矢の数が、その向きに増えた。城壁通路の弓兵の数が移動して、配置が変わった。
――城壁通路を移動して攻撃方向を変えている。
ルベリアの弓兵は練度が高いだけじゃなく、運用する戦術も洗練されていた。
しかし、攻撃する弓兵に対し、サンガードの盾兵も構える向きを調節していた。
皇国の盾兵も抜群の練度だ。指揮する隊長は相当なものだと感心した。
「レンドル。監視塔の中は螺旋階段よ。狭い通路で一対一でやるしかないわ。盾もないし、頭上をとる敵のほうが圧倒的に有利よ」
副官となったサナロアが鋭い指摘をする。
彼女は剣の腕だけじゃない。度胸もある。そして、正しく情報を口にできる聡明さをも兼ね備えている。
「盾兵は小隊に殆ど居ないよ。さっき中隊長が全部集めてたし。レンドル、対策なしだと死ぬ」
続いてタタも遠慮なく意見を言う。どういう結果になるかまで見えている。
おそらく小隊の仲間も思っている疑問をはっきりと口にした。
「そうなんだけど、城壁通路からの弓兵を倒さないと、本体が倒れる。ルベリアだけが一方的に攻撃出来てる状況はまずい。何か手を考えないとな……」
レンドルが上を仰ぐと、太陽を遮る雲に裂け目が生じていた。容赦のない光が降り注ぎ、要塞の影をいっそう濃くしていく。
だんだんと日が高くなってきているが、まだ真上にはない。
「城壁通路に旗が見えないな。だれも監視塔を突破できてないんじゃないか」
「本当だ……」
唇をきゅっと噛む仕草に、タタがからかいの言葉を投げる。
「サナロアって、仕草が可愛いよね」
「タタ、その耳触るわよ」
タタは慌てて耳を隠した。触るのはよくないらしい。
「なんだお前たち、行かないのか? 先に行かせてもらうぜ」
別方向の階段を上ってきた小隊たちと合流した。盾兵もいる。
レンドルは、先に行ってくれと伝えると、小馬鹿にされた笑いが返って来る。腰抜けという言葉が同時に聞こえる。
だが、そんなことはどうでもよかった。
勝利することも大事だが、簡単に捨てられる命じゃない。
自分だけじゃない、みんなの命を預かる立場になった。
「あの巨人を倒したの見てないから、あんな軽口言えるんだよね」
タタがレンドルの気持ちを代弁するかのように、不満げに口を尖らせた。
小隊の兵士たちから笑い声が漏れる。
だれも、腰抜けなんて思っていないだろうことが分かる。
「階段だと、後ろに下がれない状況はまずいな。さっきの部隊に盾を任せるにしても、入れ替わる空間が欲しい。少し間隔を空けて行こう」
タタとサナロアが頷く。今はこれしか手はない。盾兵が急に増えるなんてことはない。
時間差で監視塔に入るのは、サナロアの言葉が引っかかったからだ。
小柄な二人の仲間なら、レンドルが防いだ攻撃の隙間を通って、攻撃ができる。
しかし、後ろに味方が詰まった状態だと、後ろからは何もできない。それどころか、蹴り倒されれば階段で雪崩を打って崩れ落ちる。
巨人族の居た階段と同じだった。だから、この要塞は階段がやたらと多く作られている。
数十秒待ち、呼吸を整える。螺旋階段に入ってしばらくするとタタが叫んだ。
「レンドル! 油の匂いだ!」
レンドルには分からないが、タタの言葉にレンドルは吠えた。
「戻れ! サナロア!」
サナロアとタタとレンドルは一気に駆けおりた。兵士たちも驚きながらも、それに従う。
――ドンッドンッドンッ!
大きな音と共に、一気に炎が階段内に広まった。中で爆発した音だ。油樽でもあったのだろうか。
焼ける髪の毛の匂い、螺旋階段内は空気の通り道と重なって火柱が見える。
階段の上から悲鳴が一瞬聞こえる。塔の小窓から、味方の兵士が燃えた身体を外に出したかと思うと、そのまま落下して地面に落ちた。
「くそ!」
あのまま進んでいたら、全員燃え果てていた。
何でもありの罠を、こうも仕掛けてくるルベリアに怒りを覚えたが、今はそれを飲み込んだ。
「レンドル。いい判断だった。サナロアたちを救った」
「いや、タタが気が付いたからだ。助かった」
「考えてみたら、階段なんて塞がれていてもおかしくない。僕達を通す理由がないんだ。戦争が終わるまで上から弓を撃ち続けていればいい」
タタの残酷な分析に、レンドルは舌を巻いた。そして同時に絶望的な状況かもしれないと思った。
「矢なんて腐るほどあるでしょうね。鏃がなくても。下に打てば、誰かに当たるんだもの」
サナロアの補足も的を射ていた。絶望がさらに積み重なった。
その瞬間レンドルの顔の近くに、城壁に弓矢が刺さる。
直ぐに飛んできた方向を見て、頭を下げる。斜め前の監視塔から、人が流れ出てレンドルたちを狙ってきていた。
「そっちだ、隠れよう!」
弓矢の軌道にならないように、壁をぴたりと背を付けながら、レンドルは日陰になった監視塔を見上げる。ふと、味方の兵士が這い出てきた小窓を見た。小窓は城壁通路より高い位置にある。
「タタ、ここの階段は塞がれていない。さっきの小窓から味方が落ちた」
「あ、確かにそうだね。でも、城壁通路に出る扉は外から開かないようになってるかも」
「いや、あっちの監視塔から人の出入りが見えた。真上の塔を通って反対側に出たんだ。だから、監視塔を繋ぐ城壁通路は塞がれていない。それに、皇国の大盾の向きに合わせて、弓の方向が変わってる。正面じゃなくて両脇からの矢が多くなっていた」
「そうか、城壁通路を移動して、弓を射る場所を変えてるんだ。だから今、僕たちは攻撃された」
「だとしたら、この上の小窓まで登れば、城壁通路に行ける。日陰で見えなくなってる、今しかない」
「え……登るの? ここを、壁を!? だれが――」
レンドルは無言のまま、タタをじっと見る。
「うわあ、僕か……」
「俺も登る。そんなに滑らかな壁じゃない。それに、タタも加護持ちだろ」
「仕方がない、やるか……」
耳が少し垂れる、凄く嫌そうに。だが、レンドルの案に乗ってきた。
「嘘でしょ!? 正気なの二人とも」
「サナロアも一緒にどうだ。上からみたら、いい男も見つかるんじゃないか」
今度はレンドルが軽口をたたく。戦場で冗談を言える戦士は長生きできる。レンドルはベックの言葉を思い出していた。
「結婚のお誘いなら登るわ。もちろん背負ってくれるんでしょ?」
彼女ほうが一枚上手だった。背負って登れるわけがなかった。
「……副官は俺たちが塔の内部を制圧したら、駆け上ってきてくれ」
周囲に笑いが起きた。
レンドルが先に壁に指をかける。魔力を手と足に集中する。そして、素早く登っていく。
部下となった兵士たちから歓声が上がる。太陽は雲に遮られ、光の当たらない監視塔の影を登る。偶然生まれた死角だったが、時間との勝負だった。
続いてタタも登る。五分とかからないうちに窓まで登り、タタが先に入った。
「レンドル、いいよ」
タタの小声も、レンドルの耳には十分届いた。
レンドルも窓から塔内に入ると、太陽の光以外の明かりがない螺旋階段には、味方の兵士の焼け焦げた匂いが充満していた。
城壁通路に続く扉は、左右とも、ありがたいことに空いている。
「タタは扉を見ていてくれ。俺は階段を下りる。話し声が聞こえるから」
「耳がいいねレンドル、僕にも聞こえたけど、随分小さな声だったよ」
「俺は、エルフの血が入ってるから」
「ああ、その耳はやっぱり。道理で魔力も多いと思った」
レンドルは素早く階段を下りた。なるべく音をたてないように滑るように一気に進む。
後ろを振り返った敵を一瞬で突き殺した。残りの兵士たちは、背後からの奇襲に気づく間もなかった。
そして、残った兵士には魔力を込めて思い切り蹴り倒し、階段から落とす。何人も巻き添えで崩れ落ちて行った。
「サナロア!! 来い!!」
レンドルの声に反応して、階段の中をサナロアの声が響き上って来る。
「行くぞ!!」
悲鳴もすぐに消えた。とどめは刺してくれたようだ。
すぐさまレンドルはタタのところに戻ると、タタの短剣が兵士の喉に刺さったところだった。
驚く他の兵士をレンドルが素早く突き殺す。二人の兵士の声を聞いたものはいない。
階段下から大勢の足音が聞こえる。サナロアたちが急いで上っているのが分かる。
監視塔から城壁通路に続く扉の向こうは、矢を射るのに必死のルベリア兵と、大量の弓矢がこれでもかと、置いてあった。
「紋章官に、壁を登ったこと話してよね」
タタらしい一言だった。壁を登れと言ったのはレンドルだが、報酬をもらわないと割に合わない。
それにしても上手くいきすぎて、二人は思わず笑った。
「まだ、この塔の影が、あっちの監視塔の方まで伸びている」
レンドルは城壁通路に広がる影を指さした。
そして、タタと目を交わすと二人は同時に走り出した。
陰にまぎれて、城壁通路を走りながら弓兵を斬り抜けた。




