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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第1章 赤髪の剣士と英雄
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第26話 ルベリア王国遠征 ―― 冒険譚の英雄

「タタ! サナロア!」


 レンドルは駆け上がりながら二人の名を呼ぶ。後ろは振り向かない。


 巨人族の男ドッテヌーアが、投げた槍の軌道上に棍棒を突き出し、その先で受けた。

 だがその瞬間に、レンドルは跳躍して棍棒の上を走り抜ける。


 巨人の灰色の長髪の間から、両目が開かれたのが見えた。

 棍棒を慌てて振り払うように真上に持ち上げた瞬間、レンドルの目には、タタが投擲した短剣が映った。


『グア"ア"ア"ア"アアアア"ッ!!』


 短剣が巨人の男の左目に刺さり、つんざく咆哮が踊り場の空気を震わせた。

 さらにもう一本の短剣が飛ぶ。巨人の男の左手が顔を覆った瞬間、短剣が手に浅く刺さった。


 巨人の男が苦痛に顔を歪め、痛みで視界を奪われてのけ反る。倒れまいと、後退しながら階段を上った。


 巨人は棍棒を手放すと、右の手の平を振り上げ、目の前の赤髪を叩きつぶそうとした。

 レンドルはさらに魔力を高める。その眼には、巨人の大きな手がゆっくりと動いて見えた。

 それが振り下ろされる前に、レンドルは棍棒を蹴って巨人の頭上へと跳躍した。

 振り下ろされた手は空を斬り、棍棒が落ちる鈍い音が響いた。


 巨人がレンドルを見上げる。その片目は濁った黄色に見えた。

 その無防備にさらされた男の腹に、サナロアが連続で突くのが見えた。

 深くはないが、レイピアで作った穴が一点に集中して穿たれていく。


 ――やっぱりそうだ。顔に意識がいって、魔力防御が薄くなった。


 ドッテヌーアの残った目には、レンドルが映っていた。落下しながらその目を突き刺した。

 今度はサナロアが刺した傷に意識を向けたはずだ。

 頭上のレンドルも見過ごせず意識が割れて、魔力が乱れたのだろう。


 巨人の肩に着地しながら、膝を使って落下の衝撃を緩和する。

 レンドルがその肩に乗っても、男はぴくりともしなかった。


 すかさず剣を引き抜いた。鮮血の雫が宙を舞う。ドッテヌーアは両手で顔を覆う。

 悲鳴がさらに音量を上げる。目の前で叫ばれ耳が痛かった。


 そのまま滑るように、踊り場に飛び降りると、着地と同時に振り向き、一気に距離を詰めた。

 階段側の巨人の膝裏を渾身の力で斬りつけた。

 踏ん張れなくなった巨人族は、悲鳴を上げたまま、膝が崩れ階段横から姿を消した。

 悲鳴にも似た咆哮が、遠くになるのが聞こえる。


 ――ドォォォン!!


 地響きのような凄まじい落下の衝撃音が響き渡る。


「う、うそだろ」


「化け物が、死んだ……!」


 ルベリア兵の動揺がそのまま声となっていた。

 レンドルは、落ちていったそれを見ることをしない。すぐに踊り場で固まっている敵に向かって吠えて突っ込んだ。

 敵兵たちの声が震えている。怯えの声だと分かる。

 味方の皇国兵たちも、階段を駆け上がり、味方がその場に埋め尽くすように流れ込んだ。

 勢いは火を見るより明らかだった。サンガード皇国の戦士たちの士気の高まりは突き抜けていた。

 踊り場を見ていたもの、巨人族が落下した先にいる味方。大歓声はここから始まり、波のように広がっていった。

 ものの数分と経たないうちに、要塞の城壁へ続く最難関と思われた防衛陣地は、完全に殲滅(せんめつ)された。


「とんでもないな! この戦勝てるぞ!」


「巨人族殺しだ!」


 周囲のあちこちの小隊から、割れんばかりの歓声と怒号のような称賛がレンドルに浴びせられる。


 息を整えながら、レンドルは自分の剣を見つめた。

 巨大な棍棒さえ躱して、懐に入り込めば、何とかなるだろうと思った。

 あの武器は、振り回して階段から落とすだけで、素早く連続した攻撃は無理だと考えた。

 懐に飛び込むどころか、巨人の頭より高い位置に跳んだのを思い出し、緊張が解けたのも相まって笑いそうになった。


 魔力を高めると、ほんの少しだけ、景色が遅くなる。

 自分だけが、世界の景色の進む速度より、自由に動いているような感覚。

 大通りで闇の森の狼を斬った時に、この感覚の正体に薄々だが気付き始めていた。

 ランパルザとの決闘でもそうだった。


 だから、初撃の棍棒さえどうにかすれば、タタとサナロアが攻撃するだろうと、信じていた。

 まだ出会って短い期間ではあったが、お互いに命を預けるに足る戦士であることは、すでに戦場で証明されていた。


「レンドル、彼女いるの?」


 不意に、サナロアが兜の隙間から、その淡い青色の瞳でじっとこちらを見つめながら尋ねてきた。


「え、いないけど……今ここでなの? 俺なの?」


 戦いで興奮した身体の熱が急激に下がった気がした。

 どうやら、彼女が求める強さに届いたらしい。

 そのあとすぐにタタが続けた。


「投げ槍で棍棒を使わせて、それに乗って跳ぶって、本当に面白い戦い方だ」


 タタは耳をピンッと立てて、レンドルの戦い方に興奮を隠せていなかった。

 この頼りになる灰兎族の戦士にも喜ばれたようだ。


 大きく息を吸い込んで吐く。レンドルは喉の渇きは増すばかりだ。

 階段の踊り場を制圧したことで、ここから中層回廊と、城壁通路に向かえるはずだ。

 すでに、早い者勝ちで手柄を立てろと、指示を受けた中隊は、続々と二手に分かれて進みだしていた。


「赤髪のレンドル! すごい功績になるぞ!」


 戦況を記録する皇国の紋章官見習いの男たちが、興奮さながらに声をかけてきた。

 名前は知らないが、出陣前に見た顔だった。


 彼らは激しい手つきで羊皮紙に筆を走らせ、記録を取ると紋章官見習いたちも、すぐに二手に分かれていった。


 そこに、階段を上ってきたノックス中隊長たちが見えた。

 ノックスはレンドルの目の前まで来ると、少し興奮した口調で声をかけた。


「巨人が落ちてきて驚いたぞ! レンドル、お前が倒したのか」


「仲間と一緒に、です」


 レンドルはタタとサナロアを見ると、二人は肩をすくめた。


「二人は、そうでもなさそうだな。ところで、俺の後任に任命した小隊長と副官はどこだ」


「え、分かりません……」


 ノックスが中隊長になった時に、新たに小隊長と副官が着任した。

 最初は彼らの後ろで戦っていたが、どうなったかよく分からなかった。

 タタが思い出したように口を開いた。


「レンドル。階段から落とされてた人いたでしょ。その中にいたんじゃない?」


 その言葉に、中隊長の顔が歪んだ。任命直後だというのに、前線の戦況すら把握できずに、新上官たちは早々に脱落した。

 部下を失った悲しみか、それとも深い落胆と怒りなのだろうか。

 包帯越しでは、中隊長の表情を読み取るのは難しかった。

 ベックの言葉から考えるなら、後者なのだろうと思った。


 ノックスは大きくため息を吐くと、レンドルを凝視した。


「レンドル――お前を小隊長に任命する」


 青天の霹靂(せいてんのへきれき)だった。


「俺が? 小隊長なんて、出来ません」


「隊長は騎士がやる決まりだ。兵学院で成績優秀と聞いたぞ」


「騎士ならサナロアが――」


 レンドルが振り向き、サナロアを見ようとした瞬間だった。


「サナロア! 副官はお前だ!」


 サナロアは即座に顎を引いて完璧な敬礼を捧げた。

 そして、隣のレンドルに向かってニヤリと悪戯っぽく笑ってみせる。


「レンドル小隊長、よろしくお願いします! 私は隊長の分まで剣を振ります! さっきみたいなやつがいたら、お願いします!」


 そのあまりにも調子の良い言い回しに、レンドルは苦笑いするしかなかった。


「俺も突然中隊長に任命された。お前も諦めろ。これは決定事項だ」


「……分かりました」


 決定事項と言われてしまっては、レンドルはしぶしぶながらも、その命令を了承するしかなかった。


「巨人族を倒したときに、味方が大勢いただろう。なら、お前の言葉を聞かないやつはいない」


 ノックスが周囲を見る仕草をする。レンドルもそれに合わせて首を動かすと、気付けば自分たちの周りには、異様な数の兵士たちが集まり、じっとレンドルを見つめていた。


「他に上官が居なくなったものは、この巨人族殺しのレンドルの指示に従え! 全員だ、いいな!」


 兵士たちは武器を胸に当てたり、槍の柄を石畳に打ち、了解の合図を示した。

 中隊長は満足そうな笑顔を浮かべると、そのまま踵を返し自身の隊を引き連れて近くの回廊にある小部屋の制圧へと向かっていった。


 後に残されたレンドルの周囲には、軽く見回すだけでも三十、四十――もっとだ。一個小隊の数などはるかに超えている。

 懲罰兵の後は小隊長。しかも、その規模を超える味方を指揮することになるなんて、思いもしなかった。


「……タタ、城壁通路と中層の回廊どっちに進めばいいと思う」


「どっちもやること変わらないし、レンドルが決めなよ。じゃないと、後悔するよ」


 タタは厳しい意見だった。でも真っ当な指摘に、思わずため息が漏れた。

 判断一つでこの人数が死ぬのだ。それでもいいから、覚悟を決めろ、そういう意味だった。

 兵士たちの顔を見ると、レンドルが決めたことに従うと、無言の頷きが見えた。


 ここに集った皆が静かにレンドルを見ている。こんな目を向けられるのは、初めてだった。

 その目には恐怖や不安の光はない。何かを期待されている。そう感じた。指示を待っているだけじゃない。

 レンドルは知っていた。冒険譚の挿絵に向けていた目だ。

 英雄は剣を高く掲げ、髪を揺らすように描かれていた。


 興奮で僅かに震える手を、兜に掛けゆっくりと外した。戦場の熱気とは裏腹に、汗が風に冷たかった。


「城壁通路だ――行くぞ!」


 レンドルは大きく声を放った。


「「おうッ!」」


「「巨人族殺しに続け!」」


「「赤髪の英雄だ!」」


 地鳴りのような大歓声が、レンドルの耳を激しく塞いだ。

 一度は冷めかけた身体の熱が、また燃えるように戻って来る。


 みんな冒険家の物語を読んでいたんだ。その物語が、目の前で起きた。

 今、この兵士たちは自分の中に、その英雄を見ようとしているのだと理解した。

 英雄と呼ばれた人たちは、きっとこんな気分だった。少し分かった気がした。


 レンドルは剣を高く掲げた。赤髪を戦風に揺らしながら、力強く第一歩を踏み出した。


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