第25話 ルベリア王国遠征 ―― 角牛飛ばしの傭兵
ノックスが中隊長になると、レンドルの部隊には新たに小隊長と副官が着任した。
二人はとても面倒くさそうにしていた。
なりたくてなった訳じゃないという空気をずっと出していた。
喧騒の中、良く名前が聞こえなかったが、改めて聞くのは無礼だと思い、口を閉ざした。
耳の良さも、破城槌の音の前に消されてしまった。
「タタ、今の二人の名前分かるか?」
「隊長と副官だよ」
どうやら彼も聞き取れていなかったらしい。
反対側に目をやると、兜から覗くサナロアの口元が小さく笑っていた。きっと、彼女も同じだったのだろう。
――ズゥゥゥン!!
大きな打音と共に、要塞の外門が破城槌に砕かれ、サンガード皇国兵が雪崩れ込む。
そこに侵入させまいと、外郭内庭で敵の大盾兵が構える。
盾と盾の隙間から槍が突き出され、槍衾となり、味方の何人かが倒れ込んだ。
内郭内庭からは弓兵の攻撃が降り注ぐ。
皇国の兵士たちは、大盾の下に身を隠した。
盾兵同士の押し合いが始まり、戦線は膠着した。
その瞬間を見計らい、味方の魔法使いが火の柱を発現させる。
爆音とともに、十数名が炎に巻き込まれた。
突破口となった傷口に、またサンガードの兵が流れ込む。
大盾一列目、二列目、三列目と繰り返され、とうとうルベリア王国の防衛線を突破した。
城内の段差から、弓兵の集中砲火が魔法使いに放たれる。
一度の魔法で十数名を無力化できるが、それゆえ真っ先に狙われる。
盾兵が自軍の魔法使いを守る。魔法使いは希少な存在だった。弓矢は魔法使いに届かなかった。
弓矢が通用しないと分かると、敵の魔法使いから氷槍が放たれる。盾も魔法使いも貫かれた。
野戦以上に乱戦だった。ただ、弓が嵐のように終わりなく打ち込まれる。
タタの言った通りだった。要塞の中で存分に矢を使う、ルベリア側の作戦だった。
サンガードが有利に見えたが、もう誰もそんな風に思っていないだろう。
この矢の中を、無傷で通るのは不可能に思えた。
レンドルは、タタをちらりと見た。灰兎族の男の耳が伏せて目が細くなる。
「凄い数だね。僕でもこの矢の中を進むのは無理だよ」
何も言わなくても、タタには通じたのかもしれない。
戦い方といい、レンドルは波長の合う灰兎族の男を気に入っていた。
サンガードの旗を持った兵の位置を見ると、押し込んでいるように見えた。
旗兵は、どこまで進軍できているか重要な目印だった。
しかし、城壁通路から弓や魔法が放たれて、しばらくすると、徐々に旗の数が減ってきていた。
明らかに狙われている。集中的に攻撃されて、戦況を視覚的に分からないようにしている。
隊長たちの判断の遅れをよび、行動に足かせをする。遅れたところにまた弓矢が飛ぶ。
ノックス中隊長が率いる部隊は、解放された要塞の門を超えると、城壁を上る階段や、監視塔に向かった。
目的地に向かうには、城壁に沿った階段を上る必要があった。
まずはそこを制圧にするため剣を振った。
先頭を進む何人かが柵のない階段から、落下して動かなくなる。
蹴落とされたり、樽を落とされたり、剣で刺すより効率的だった。
そうこうしている間も、何人かが落ちる。
レンドルよりも、遥かに高く大きい、上半身がほとんど半裸の男、踊り場で巨大なこん棒を振り回している。
大声で吠えると、また味方が何人も落ちて行った。
登り切って、足が踏ん張れないところを、怪力の持ち主が待ち構えている。効率的だった。
「レンドル、見ろ巨人族だぞ」
サレットを被ったサナロアの口から、緊張の混じった声が漏れた。
言われるまでもなかった。レンドルは、すでにその巨体から目を離せなくなっていた。
レンドルにとって、巨人族とは書庫の古い本、物語の中にしか存在しない絵空事の生き物だった。
脳裏に、かつて貪るように読んだ冒険家スルズクワイトの冒険譚の一節が鮮烈に浮かび上がる。
「大きすぎるだろ……」
『穢れた聖霊に支配された、霜雪の巨人との死闘』――炎の魔法剣を手に、圧倒的な体躯を誇る巨人を若き冒険者が討伐するその物語に、少年時代のレンドルは激しく胸を躍らせたものだった。数ある冒険譚の中でも、大好きな話の一つだ。
隣のサナロアを見る。顎当てを外した兜の隙間から、彼女の唇が薄く半開きのまま固まっているのが見えた。戦場でも女性らしく薄く紅を塗っているその口元が、驚愕で完全に閉じられなくなっている。兜の下の彼女の素顔も、自分と同じように驚きに目を見開いているに違いなかった。
「タタ、あのでかい奴、知ってるか?」
レンドルは視線を巨人に固定したまま尋ねた。
タタの長い耳がピクリと不自然に動くのが視界に入った。
タタのほうを向くと、その細い表情が目に見えて強張るのが分かった。あまり良くない状況の時にだけ現れる、彼の明確な仕草だった。
「角牛飛ばしの傭兵ドッテヌーアだ、ルベリアに雇われたのか」
「飛ばす、うし?」
あまりの異名に、サナロアの語彙が追いつかない。
「あの丸太みたいな棍棒を手にする前はね、野生の巨大な角牛を文字通り両手でぶん投げて戦ってたんだよ。それで大盗賊の不落の砦を丸ごと一つ叩き潰した。東方の奥の傭兵だけど、有名な傭兵さ。しばらく見てなかったんだけど、最悪だね。この階段を登り切れる気がしない」
「角牛って、あのでかい牛だろ。ぶん投げたって……」
レンドルが息を飲む。レンドルの背丈まである牛だ。そんなものを投げることなんてできるのか。
「見ての通りの怪力だよ。それに、防具を付けてない。斬られても深く傷が付かない。多分、加護を持ってる」
「まずいぞ。先頭のやつが足を止めた。あ、落ちた」
サナロアが淡々とした口調で告げた直後、足を止めた兵士は棍棒の突きをまともに食らい、骨を砕かれる鈍い音とともに階段の下へと叩き落とされた。
「レンドル。落ちたら死ぬよ。この高さで助かるなんて思えない」
「どうせ下がれないんだ。だったら行くしかない」
「いいね。その思い切りの良さ」
サナロアが口元を歪めた。彼女もそのつもりのようだ。
巨人族の男が、階段を下りてくる。先頭の兵士が次々と落とされる。
そろそろレンドルたちの順番が近づいてくる。
レンドルの足元には、先ほど落とされた味方の槍兵の武器が落ちてきていた。
この槍よりも巨人族の棍棒のほうが間違いなく長かった。ドスンドスンと詰めてくる距離。
普通の間合いじゃない。懐に入り込むしかない気がする。他に方法はあるのだろうか。
近づいてくる巨人は見上げるほどに本当に大きかった。
だが、あの時の銀狼はもっと大きかった。
レンドルは覚悟を決めた。待っていても落とされる。
――行くしかない!
体内の魔力を一気に爆発させた。レンドルは石階段を弾かれたように駆け上がる。
その瞬間、落ちている槍を器用に掴み、そのまま全力で投げた。




