第24話 ルベリア王国遠征 ―― 灰兎族のタタ
ルベリア王国の主要防衛地点の一つ、コルタナ要塞の外門前は騒然としていた。
破城槌が打ち付けられ、要塞門は今にも破れそうだった。
空に朝日が照り出し、それが攻撃開始の合図となった。
城壁の上には、大量の弓兵が見える。
ところが、近づいても弓を撃ってくる気配がなかった。
だからそのまま城門まで、すんなりたどり着いた。
「なんだあいつら。矢が足りないのか」
そんな声に、周囲から笑い声が聞こえた。しかし、レンドルは何も笑える気がしなかった。ルベリアの兵士たちの弓の練度は高かった。何もしてこないなら、理由があるはず。
「タタ、要塞の中がどうなってるかなんて知らないよな」
何気なくタタに聞いてみた。彼の戦闘技術は高く、聞けば何度も戦争を経験してきた傭兵だった。
「知らないね。でも大体分かるよ。城壁が随分と高く作られてるし、もともとあった高台をうまく使ってるから、区画ごとに上っていくんだと思うよ。中枢に行くまで大変だろうね。多分要塞内に引き込んで、弓で殺すつもりなんだよ」
「盾を構えたら防げないかな」
「相手との戦闘中に、上から落ちてくる矢って防げないよ。それに見てよ。要塞自体が長く作られてる。折り返しながら登るんだと思うな。長い距離を動かされて、両脇から弓で打たれて、頭上からも弓矢で打たれて、後ろからも前からも、矢の嵐だよ」
「凄いな……見たことがあるかのようだ」
サナロアが関心の声を上げた。彼女も攻城戦は初めてだった。
彼女は、エーダー男爵の一人娘で、すでに両親は他界したらしい。
家を守るため、剣を取った。
剣を振るより、結婚相手を探したほうがいいよと、タタが口にした。
すると、サナロアは戦場に出るのは強い騎士や戦士を探すためだと答えた。
それは、婚約活動なのか、とタタに笑われていた。
真面目な顔をして、そうだ、と返事があり、タタは黙ってしまった。
サナロアは、自分より弱い男を婿にする気はないらしい。
彼女の鋭い眼は、獲物を狙う眼だった。
「多分、簡単に曲がれる通路じゃない。進む速度を落とすような形になってるよ。そこを狙い撃ちするんだろうね。あと、地面には石をゴロゴロと置いて、転んだところを撃つとか。川が近いし石には困らないよね。畑の畝みたいな、土のボコボコもあるだろうし」
レンドルは絶句した。ここは要塞だ。
当然内部も防御的な機構になってるだろうとは思ったが、知らないことが多すぎた。
「弓矢が尽きるなんてことは――」
「こっちが全滅する方が早いんじゃない?」
「どう戦うんだ……」
「偉い人が考えるよ。僕らは、弓に当たらないように躱せばいい」
それは、タタだけだと思った。彼の戦い方を見ていたら灰兎族に、弓を撃とうなんて考える必要がない。小柄な体は的にならず、素早い動きと、眼の良さは、戦士の素質を十分に兼ね備えていた。
今朝、レンドルは隊の再編成を言われた。
顔も知らない中隊長の名前が出たが、それはすでに野戦時の何処かに死体があるらしい。
最も激しい戦闘があった場所で、奮戦したが弓矢に倒れた。
死体を片付けるのは、この戦争が終わってからだと聞いた。
夜を彷徨うものになるには、青き月が満月の時だ。
今は半月だから、一週間でいい感じに腐った死体になる。
ノックス隊長は、小隊長から中隊長になっていた。
「あの野郎は、昇進だけは早い男なんだよ。明日には大隊長かもな」
ベックの軽口が聞こえてきた。だが、集まった人間をまとめる能力は、目を見張るものがあった。
内部の状況がほとんど分からない状態で、作戦を建てられるはずもない。
小隊も再編成されて、指揮系統にもあまり期待できない。
ノックスは、早い者勝ちという優先順位を示した。
報酬も早いもの順と明言したことで、兵士に冒険者、傭兵たちは、単純な話でやるべきことが明確になったと、迷いが消えていた。
活躍に応じて支払われる報酬は雲泥の差だ。
すでに野戦の戦果をみれば、この戦がサンガード有利であることは誰の目に明らかだった。
要塞の城門を通り、東西にある塔へ行く。塔から城壁通路に向かう隊と、城壁の中腹にある回廊に向かう隊と分けるという。
どう分けるのか質問があったが、好きに行っていい、早い者勝ちだと言った。
なるほど、現場判断でいいということのようだ。
「捕虜から聞いたんだろうね。もうちょっと情報がほしいけど」
タタが呟いた。城塞内部の情報は捕虜から聞き出したようだ。
「その捕虜って」
「兵士じゃないかな。捕虜として扱われるのは、身代金を出せる貴族とかだけだよ」
「なんで兵士ってわかるんだ」
「持ってる情報が、少ないでしょ」
タタの言葉は冷たいが、本質を突く能力も高かった。
「嘘をついていることは――」
「ないね。嘘だとばれたら、もちろん殺される。だから捕まったら全部言うんだ。自分の国が負けたら、協力的なほうが、あとの扱いがいいからね」
「そうなのか……。全部言わないほうが、いいような気もするけど」
「今はサンガード側が有利だからね。戦争が早く終われば、情報提供したほうが評価される。小出しにして被害が大きくなったら、扱いは悪くなるよ」
タタが両手に持った短剣を同時に宙へ投げ、くるりと回転したところを、それぞれ柄で掴んだ。そのまま何かを考えるように間を置いた。
「兵士長あたりを何人か捕まえて話させるんだ。同じことを言うはずだよね」
サナロアが、うんうんと感心している。周りに居た戦士たちも、タタを見る目が変わっていた。
レンドルもその一人だ。この戦場でタタといるだけで、随分と情報が整理された。
「タタって何者なんだ。ただの戦士じゃない」
「僕の一族は、銀狼に食い殺された。僕はその生き残りの一人だ。だから、お金を稼ぐために戦場に出てるんだ。動けなくなった仲間には、お金が必要だ」
「銀狼だって――」
「僕には戦う才能があった。それと、僕と一緒に戦ってくれる戦士を探している。銀狼を殺さなければ、僕の家族はただのエサのままだ」
レンドルの目が大きく見開いた。タタの静かな怒りが、彼の魔力にのって漏れている。
「そうか……タタも家族を」
「レンドル?」
「俺の仇も銀狼だ。でも、まだ戦うための力が足りない。だから、強くなったら――」
「僕もまだまだだからね。君は強いよ。でもレンドルが若いうちにもっと強くなってよ」
「必ず、強くなる」
忘れてはいない。今はこの戦のことで頭がいっぱいだった。タタの言葉で、改めて自分が剣を振る理由を心に刻んだ。
◆
破城槌が城門を打つ鈍い音に耳を立てながら、レンドルは貴族たちから出された条件を反芻していた。
叙任の間で、騒ぎを聞きつけた騎士たちが駆けつけ、事態は速やかに収束した。
上級騎士ランパルザは、治療室へと運ばれた。
意識はあったが、重傷だった。
すぐに、責任の所在が問われたが、単なる不始末として片づけられる話ではなかった。
上級騎士の中でも精鋭と呼ばれた男が、訓練生によって戦闘不能にされた。
それが何を意味する出来事かを、そこにいた全員が理解していた。
公式には、先に剣を抜いたのは上級騎士ランパルザだった。
騎士団長の証言があったからだ。
相手がレンドルであったかどうかは、名誉のため非公開とされた。
しかしランパルザが、ずっとレンドルに対する復讐を口にしていたこともあって、関わった者たちは皆、レンドルに負わされた傷だったことを知っていた。
だが、事実だけがあっても、足りない。
貴族社会は、事実よりも納得を求める。
だから、条件が付けられた。
レンドルが、誰もが認めざるを得ない成果を示すこと。
敵の上級騎士を葬るか、名のある戦士を仕留めるか、強力な魔法使いを打ち倒すか。
いずれにせよ、同じだけの血を敵にも流させなければ、ブレイズ家には莫大な賠償請求が求められる。
力のない、ブレイズ家にはそれをはねのける金も、後ろ盾もなかった。
それが、叙任の間の出来事のあと、急遽であったが、静かに決まった条件だった。




