表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第1章 赤髪の剣士と英雄
23/27

第20話 騎士叙任 ―― 上級騎士ランパルザ

「叙任の間で居眠りか? ずいぶんと(しつけ)もなっていないな」


 うつらうつらとしていたレンドルの鼓膜に、硬く冷ややかな声が突き刺さった。

 顔を上げると、そこには豪奢な彫刻が施された円柱を背に、一人の男が立っていた。


「貴様、騎士に叙任されるブレイズ家のレンドルだな」


 話しかけてきたのは、見上げるほどの大男だった。耳にかかる金色の巻髪に、鋭い茶色の眼。

 腕を組みながら、つまらないものを見るようにレンドルを値踏みしていた。


「この場で待っていろと」


「寝るのを待つとはいわん。頭も悪いようだな」


「……誰です、あなたは。――その外套は」


 男が纏う重厚なマントの裏地は、深い紫色だった。

 それは王族に近しいか、あるいは高位の貴族出身の上級騎士であることを示している。

 さらに胸当てに目をやると、剣に銀の鎖が巻き付くような紋章が深く刻まれていた。


 ――あの紋章は、ゼルバ銀鎖騎士団。


 卓越した剣の腕を持つものだけが入団を許される。精鋭中の精鋭の証、上級騎士だった。


 紫のマントを羽織る存在に目を付けられてしまった。だが、すでに皇妃に命を狙われ、妹を人質に奪われているのだ。

 いまさら誰に何を思われようが、レンドルにとってはどうでもいいことだった。


「俺を知らんとは……。訓練兵ごとでは知らないのも当然か。まあいい、名乗る必要もない」


「俺に、何か用ですか」


「貴様にはルベリア遠征に、来てもらいたくないんでな」


 レンドルは男の意図を測りかねた。わざわざ上級騎士が何のためにこの場にいるのか。

 上級騎士は獲物を値踏みする獣さながらに、レンドルの周りをゆっくりと歩き、蔑みの視線を隠そうともしなかった。


「エルフの混血」


 ――また、か。


「そんな奴が騎士になるだと。いい加減にしてほしいものだ。いつ後ろから切りつけられるか分からん」


 市場で絡んできた商会の息子デロスと同じだ。謁見の間で切りかかってきた近衛騎士エストもだ。

 結局は、混血という一点で否定しにくる。


「神殿のエルフといい、俺をイラつかせてばかりだ」


 男の不機嫌な言葉に、レンドルの脳裏にすぐ、ネオネスの顔が浮かんだ。


「まさか、ネオネスさんを襲ったのは……」


「なんだ、あのエルフの――仲間だったのか」


「違う、話を少ししただけだ」


「どうだかな」


「どうしてエルフを、その血を憎むんですか。皇帝陛下がエルフを敵と定めたから、そうするんですか」


「それだけではないがな。お前くらいの年齢だと、国の成り立ちまでは知らんものか……」


 つまらないものを見るように、男は足を止めた。


「初めはエルフと共に魔物と戦ったはず。手を取り合っていた」


「この国は、もともとヴォルテニアの遠征軍が始まりよ。つまり、政争に負け、故郷から追いやられた者たちが作った国だ。そしてその時の政敵こそが、エルフだった。魔法の研究だけに勤しんでいればいいものを、(まつりごと)に口を出してきた」


「その時の王族がサンルードだ。こいつの派閥の貴族は、当然エルフを恨んでいたわけだ」


「そんな理由で……」


「中には、仲良しごっこが好きな貴族もいたが、皇帝陛下を暗殺した一味にエルフが居た。そこで目が覚めたわけだ」


「どうだ、無学の貴様に教えを施してやったのだ。遠征を、辞退しろ」


「なりたくて騎士になるわけじゃない」


「断ればいい」


「俺は……懲罰兵なんだ。最前線に行く」


「笑えん話だ。……それで騎士とは。公爵も随分と耄碌(もうろく)したものよ」


 言えるはずがなかった。皇妃に命を狙われていた。茶番を演じようとしたなどと。


「それと、加護を得たそうだな。それが騎士叙任の理由か」


「昨日、サンルードの聖跡で加護を得ました」


 その言葉を聞いた瞬間、金髪の男の目が鋭くなった。


「聖跡……弟はベギラダへの祈祷で、加護を得られなかったというのに。お前ごときが加護を得るなど、許せんな」


 この高位の貴族の男がいう弟は、加護を得られなかった。

 その腹いせにネオネスを襲ったが、返り討ちにあったのだろう。


 大きくため息をついた大男は、レンドルに向かって歩いてくる。


「まあ、どうでもいいことだ。お前には、ここで派手に怪我をしてもらう」


 男はマントを広げてみせた。上級騎士の腰には、精緻な装飾が施された剣が収まっている。不思議なことに、その鞘の奥から魔力を感じた。


 レンドルは静かに数歩下がり、間合いを取った。


「……なぜ」


「ルベリア遠征に行かない理由を作ってやるのだ。負傷ならば十分であろう」


「あなたは上級騎士だ。私闘など、許されるはずがない」


「誰が許さないというのだ。太陽の神ベギラダか? それとも雷の神レイナダか? おい、誰がこの俺を許さんというのだ」


「神がどうとかではない。あなた自身の誇りの話だ。その剣は何のため振るうのか」


 レンドルの反論に、金髪の男の顔が怒りで歪んだ。


「狼ごときに剣を抜けなかった、お前の誇りはどこにあるんだ、ん? その錆びて抜けない剣にでもあると言うのか。無様な腰抜けが誇りを口にするな!」


 上級騎士の言葉に、レンドルの胸の奥が、ちりちりと焼けつくような感覚を覚えた。


「やめろ……。お前に、あの日の何が分かる」


 金髪の大男が、太い指でレンドルを指さしながら、見下ろしている。


「分かるとも。お前が震えていたせいで母親は死んだ」


 レンドルの呼吸が激しく乱れ始める。胸の奥が徐々に怒りで満たされていく。


「この国で、ファレン・ブレイズの名を知らぬものはいない。あの剣は見事なものよ。だが、とんだ色ボケ野郎だな。花売り風情のエルフを妻にするとは」


「母は魔法教導官(マギステル)だった。誇り高い人だった」


 レンドルは両手の拳を固く握りしめた。爪が手のひらに深く食い込む。


「父親は純然たる黒髪だろう。お前の母親の髪の毛は、一体何色だったんだ?」


「赤髪だ馬鹿野郎!!」


 視界が真っ赤に染まった。心臓の鼓動が耳元で爆音を立て、全身の血液が沸騰するような錯覚に陥る。

 母は、命を懸けて俺を助けた。その誇りを、目の前の男は今、泥靴で踏みにじった。

 レンドルの右手は、無意識のうちに愛剣の柄に伸びていた。砕かんばかりの力で、握りしめる。


「わはは! 鞘に手をかけたな。話が早くて助かる」


 広間に響き渡る大男の声。それが石造りの壁に何度も反響して、まるで部屋全体が自分をあざ笑っているかのように聞こえた。

 不気味な残響が、耳の良いレンドルをさらに(さいな)んだ。


「なんだ、大声をだして……レンドル!?」


 その時、広間の扉が開きブルードが顔を覗かせると、すぐさま駆け込んできた。遅れて、グリフォート騎士団長も続いて姿を現した。


「やめろ! 剣を抜くな!」


 ブルードが叫び、二人の間に割って入る。頭に血が上りすぎていたレンドルは、二人が近づく足音にすら気がついていなかった。


「ウィンダス侯爵か。あなたの教え子が、突然剣を抜いたのですよ。一体どんな指導しているというのか」


「貴様、ランパルザだな。何が狙いだ」


 ランパルザはわざとらしく肩をすくめた。レンドルはまだ柄を握っただけで、剣身は鞘の中にある。

 だが、ランパルザはこの状況をレンドルが先に抜いた(・・・・・・・・・・)ことにしようと、狡猾に微笑んだ。


「何の言いがかりをつけるつもりだ、レンドルは剣を抜いていない」


 騎士団長の低く唸る声を、上級騎士は何食わぬ顔で受け止めた。


「赤髪には、ルベリア遠征に来てもらいたくないのでな。それに――」


 ランパルザが柄に手を掛ける。


「抜く気があるのだから、その柄を握っている。ならば、遠慮はいらんなあ、レンドル?」


 ランパルザは嘲笑いながら剣を抜いた。

 剥き出しになった刃が、わずかに青く、そして銀光を放つ。

 滑らかに抜かれた剣先はレンドルを正面に捉えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ