第20話 騎士叙任 ―― 上級騎士ランパルザ
「叙任の間で居眠りか? ずいぶんと躾もなっていないな」
うつらうつらとしていたレンドルの鼓膜に、硬く冷ややかな声が突き刺さった。
顔を上げると、そこには豪奢な彫刻が施された円柱を背に、一人の男が立っていた。
「貴様、騎士に叙任されるブレイズ家のレンドルだな」
話しかけてきたのは、見上げるほどの大男だった。耳にかかる金色の巻髪に、鋭い茶色の眼。
腕を組みながら、つまらないものを見るようにレンドルを値踏みしていた。
「この場で待っていろと」
「寝るのを待つとはいわん。頭も悪いようだな」
「……誰です、あなたは。――その外套は」
男が纏う重厚なマントの裏地は、深い紫色だった。
それは王族に近しいか、あるいは高位の貴族出身の上級騎士であることを示している。
さらに胸当てに目をやると、剣に銀の鎖が巻き付くような紋章が深く刻まれていた。
――あの紋章は、ゼルバ銀鎖騎士団。
卓越した剣の腕を持つものだけが入団を許される。精鋭中の精鋭の証、上級騎士だった。
紫のマントを羽織る存在に目を付けられてしまった。だが、すでに皇妃に命を狙われ、妹を人質に奪われているのだ。
いまさら誰に何を思われようが、レンドルにとってはどうでもいいことだった。
「俺を知らんとは……。訓練兵ごとでは知らないのも当然か。まあいい、名乗る必要もない」
「俺に、何か用ですか」
「貴様にはルベリア遠征に、来てもらいたくないんでな」
レンドルは男の意図を測りかねた。わざわざ上級騎士が何のためにこの場にいるのか。
上級騎士は獲物を値踏みする獣さながらに、レンドルの周りをゆっくりと歩き、蔑みの視線を隠そうともしなかった。
「エルフの混血」
――また、か。
「そんな奴が騎士になるだと。いい加減にしてほしいものだ。いつ後ろから切りつけられるか分からん」
市場で絡んできた商会の息子デロスと同じだ。謁見の間で切りかかってきた近衛騎士エストもだ。
結局は、混血という一点で否定しにくる。
「神殿のエルフといい、俺をイラつかせてばかりだ」
男の不機嫌な言葉に、レンドルの脳裏にすぐ、ネオネスの顔が浮かんだ。
「まさか、ネオネスさんを襲ったのは……」
「なんだ、あのエルフの――仲間だったのか」
「違う、話を少ししただけだ」
「どうだかな」
「どうしてエルフを、その血を憎むんですか。皇帝陛下がエルフを敵と定めたから、そうするんですか」
「それだけではないがな。お前くらいの年齢だと、国の成り立ちまでは知らんものか……」
つまらないものを見るように、男は足を止めた。
「初めはエルフと共に魔物と戦ったはず。手を取り合っていた」
「この国は、もともとヴォルテニアの遠征軍が始まりよ。つまり、政争に負け、故郷から追いやられた者たちが作った国だ。そしてその時の政敵こそが、エルフだった。魔法の研究だけに勤しんでいればいいものを、政に口を出してきた」
「その時の王族がサンルードだ。こいつの派閥の貴族は、当然エルフを恨んでいたわけだ」
「そんな理由で……」
「中には、仲良しごっこが好きな貴族もいたが、皇帝陛下を暗殺した一味にエルフが居た。そこで目が覚めたわけだ」
「どうだ、無学の貴様に教えを施してやったのだ。遠征を、辞退しろ」
「なりたくて騎士になるわけじゃない」
「断ればいい」
「俺は……懲罰兵なんだ。最前線に行く」
「笑えん話だ。……それで騎士とは。公爵も随分と耄碌したものよ」
言えるはずがなかった。皇妃に命を狙われていた。茶番を演じようとしたなどと。
「それと、加護を得たそうだな。それが騎士叙任の理由か」
「昨日、サンルードの聖跡で加護を得ました」
その言葉を聞いた瞬間、金髪の男の目が鋭くなった。
「聖跡……弟はベギラダへの祈祷で、加護を得られなかったというのに。お前ごときが加護を得るなど、許せんな」
この高位の貴族の男がいう弟は、加護を得られなかった。
その腹いせにネオネスを襲ったが、返り討ちにあったのだろう。
大きくため息をついた大男は、レンドルに向かって歩いてくる。
「まあ、どうでもいいことだ。お前には、ここで派手に怪我をしてもらう」
男はマントを広げてみせた。上級騎士の腰には、精緻な装飾が施された剣が収まっている。不思議なことに、その鞘の奥から魔力を感じた。
レンドルは静かに数歩下がり、間合いを取った。
「……なぜ」
「ルベリア遠征に行かない理由を作ってやるのだ。負傷ならば十分であろう」
「あなたは上級騎士だ。私闘など、許されるはずがない」
「誰が許さないというのだ。太陽の神ベギラダか? それとも雷の神レイナダか? おい、誰がこの俺を許さんというのだ」
「神がどうとかではない。あなた自身の誇りの話だ。その剣は何のため振るうのか」
レンドルの反論に、金髪の男の顔が怒りで歪んだ。
「狼ごときに剣を抜けなかった、お前の誇りはどこにあるんだ、ん? その錆びて抜けない剣にでもあると言うのか。無様な腰抜けが誇りを口にするな!」
上級騎士の言葉に、レンドルの胸の奥が、ちりちりと焼けつくような感覚を覚えた。
「やめろ……。お前に、あの日の何が分かる」
金髪の大男が、太い指でレンドルを指さしながら、見下ろしている。
「分かるとも。お前が震えていたせいで母親は死んだ」
レンドルの呼吸が激しく乱れ始める。胸の奥が徐々に怒りで満たされていく。
「この国で、ファレン・ブレイズの名を知らぬものはいない。あの剣は見事なものよ。だが、とんだ色ボケ野郎だな。花売り風情のエルフを妻にするとは」
「母は魔法教導官だった。誇り高い人だった」
レンドルは両手の拳を固く握りしめた。爪が手のひらに深く食い込む。
「父親は純然たる黒髪だろう。お前の母親の髪の毛は、一体何色だったんだ?」
「赤髪だ馬鹿野郎!!」
視界が真っ赤に染まった。心臓の鼓動が耳元で爆音を立て、全身の血液が沸騰するような錯覚に陥る。
母は、命を懸けて俺を助けた。その誇りを、目の前の男は今、泥靴で踏みにじった。
レンドルの右手は、無意識のうちに愛剣の柄に伸びていた。砕かんばかりの力で、握りしめる。
「わはは! 鞘に手をかけたな。話が早くて助かる」
広間に響き渡る大男の声。それが石造りの壁に何度も反響して、まるで部屋全体が自分をあざ笑っているかのように聞こえた。
不気味な残響が、耳の良いレンドルをさらに苛んだ。
「なんだ、大声をだして……レンドル!?」
その時、広間の扉が開きブルードが顔を覗かせると、すぐさま駆け込んできた。遅れて、グリフォート騎士団長も続いて姿を現した。
「やめろ! 剣を抜くな!」
ブルードが叫び、二人の間に割って入る。頭に血が上りすぎていたレンドルは、二人が近づく足音にすら気がついていなかった。
「ウィンダス侯爵か。あなたの教え子が、突然剣を抜いたのですよ。一体どんな指導しているというのか」
「貴様、ランパルザだな。何が狙いだ」
ランパルザはわざとらしく肩をすくめた。レンドルはまだ柄を握っただけで、剣身は鞘の中にある。
だが、ランパルザはこの状況をレンドルが先に抜いたことにしようと、狡猾に微笑んだ。
「何の言いがかりをつけるつもりだ、レンドルは剣を抜いていない」
騎士団長の低く唸る声を、上級騎士は何食わぬ顔で受け止めた。
「赤髪には、ルベリア遠征に来てもらいたくないのでな。それに――」
ランパルザが柄に手を掛ける。
「抜く気があるのだから、その柄を握っている。ならば、遠慮はいらんなあ、レンドル?」
ランパルザは嘲笑いながら剣を抜いた。
剥き出しになった刃が、わずかに青く、そして銀光を放つ。
滑らかに抜かれた剣先はレンドルを正面に捉えた。




