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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第1章 赤髪の剣士と英雄
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第2話 加護を持つもの、持たざる者

 幾度となく土塊を舐め、レンドルの肉体はすでに限界を告げる悲鳴を奏でていた。

 それでも、泥に塗れた拳を突き立て、彼は再び立ち上がる。

 ここで折れてしまえば、復讐の誓いを立てたことに何の価値もないことを理解していた。


「いいぞレンドル、まだ元気じゃないか。鍛えてもらったお前の親父に感謝しろ!」


 ブルードは右肩に潰れた刃を乗せたまま、小刻みに体を左右に揺らして肉薄した。

 レンドルは右に行くと見せかけ、左へ円を描くように踏み込む。一瞬のフェイント。


 だが、通じない。


 ブルードは踏み込んだ足を即座に切り返し、その反動を利用して踏み込んできた。その瞬間、レンドルは鋭い突きを放ったが、ブルードはそれを刃の腹で無造作に流した。


 勢いのまま体当たりが来る。

 レンドルは踏ん張ったが、大きく体勢を崩した。すかさず、柄が振り下ろされる。

 鈍い衝撃。視界が揺れ、レンドルは地面に倒れ伏した。


「いい判断だ。だが狙いが真っ直ぐすぎだ」


「……今のを読んでいたんですか」


「俺が突っ込んだ勢いを殺すため、フェイントを掛ける」


「はい。それで横から攻撃できると判断しました」


「大した相手じゃなければ、それも通用するだろうな」


 だが、とブルードは続ける。


「相手はルベリアだけじゃない。何百年も魔物と向き合い、生き残ってきたエルフだ」


 ブルードはレンドルの落とした剣を拾い上げた。


「剣も魔法も使う――熟練の魔法戦士だ」


 動きも狙いも、読まれていた。そのうえで、カウンターが来る。


「剣を振らずとも、体で崩せる」

「そして、そのまま構えれば、次にも対処できる」


 ブルードは剣をレンドルに投げ渡した。


「渾身の突きは、仕留められる瞬間(とき)に使え」


 レンドルは頷いた。


 そして短く息を吐き、深く吸い込んだ。まだ動く。痛みを押し込み、今度は自分から地を蹴った。

 ブルードと同じように上半身を揺らし、全速力で正面へ。剣を前に構え、その重さごと加速に乗せた。


「突っ込む? さて、どうするか」


 ブルードも走る。距離が一気に詰まる。


 レンドルは遠目から突き構え、一気に距離を潰した。


 ――剣を放った。


 ブルードは驚いたように体をずらす。その一瞬の隙を、レンドルは逃さなかった。

 剣を放った直後、さらに踏み込む。避けた方向へ、飛び蹴り。


 読みは合っていた、だが――ブルードはそれすらも避けた。レンドルは着地と同時に、転がりながらも投げた剣を素早く拾った。

 眼前にはすでにブルードが迫っていた。


 身体を回転させて、至近距離で切ろうとした。

 ブルードの生身の腕が、レンドルの渾身の斬撃を正面から弾き飛ばした。


 ――嘘だろ。


 驚愕を裂くように、ブルードが剣を薙ぎ払う。きわどいタイミングで剣の腹を当てて受け流すと、わずかにブルードの体勢が崩れた。

 レンドルはその瞬間を好機と判断し、渾身の突きの一撃を放った。


 放たれた刺突(しとつ)がその喉を貫くかに見えた刹那、ブルードの五指が鋼を捉えた。


 ――生身の手で鷲掴みにした。


 凄まじい膂力でレンドルから剣を無理矢理奪い取り、放り投げた。同時にレンドルの手首は、骨がきしみ痛みに悲鳴を上げた。

 次いで、その手をブルードは掴み上げた。痛みが増す。

 レンドルの体は宙を舞い、振り回された視界が、一気に反転した。

 無残にも大地に叩きつけられた。衝撃で息が止まる。


「はっはっは。狙いも読みも良かったぞ。剣を投げるのも剣技の一つだ」


 ブルードはレンドルの剣を拾い上げた。

 レンドルの剣は、刃が潰れていないロングソードだった。それを弾き、そのまま掴んでみせた。


「午後の訓練は中止だ、今日はここまでだ!」


 鋭い声で指示が飛び、訓練生たちは散っていく。


「動けるようになるまで休んでいろ。食堂の朝飯が残っているかわからんがな」


 ブルードはレンドルのそばに来て、笑った。


「……教官が、魔物に゛見えま゛したよ」


「無理にしゃべるな。俺は《加護》持ちだ」


 それだけで、十分だった。人の強さを超えている。


 ブルードは剣戦場を後にした。


 レンドルは体に痛みを覚えながら、這うようにして立ち上がろうとした。

 剣だけじゃ、足りない。かすり傷一つ、負わせられない。


 ――《加護》が、要る。


「大丈夫か、レンドル」


 声をかけてきたのはロッサルだった。


「な゛んと゛かな……」


 かすれた声しかだせない。差し出された手を掴み、起き上がる。


「それだけ喋れるなら大丈夫だ。さあ、食堂に行こうぜ」


「……土を落としたら向かうよ」


 土埃にまみれていた。顔も髪もこのままでは食堂に行けないほどに。

 レンドルはロッサルと並んで、兵舎に向かってゆっくりと歩き出した。


「なあレンドル。剣だけじゃ、あの人には勝てない。《加護》を持っているからな」


 ロッサルにそう言われて、レンドルは頷いた。


「俺も《加護》を手に入れられたら……ベギラダの神殿に行くか」


 鋼を振るうだけでは届かない。爪先ほどの掠り傷すら、あの男には刻めなかった。


「男爵以上じゃないと、ベギラダの神殿で《加護》を得ることは出来ないぞ。レンドルの家は騎士爵だから無理だ」


「分かってる。だから、神殿内にあるだろ、聖人サンルードの聖跡が」


「なるほどな、そっちか。平民でも祈祷ができる。《加護》を得る可能性があるな」


 このサンガード皇国には、太陽の神を祀るベギラダの神殿がある。その中に、聖人サンルードが終焉を迎えた場所を祀る聖跡がある。

 そこで祈りを捧げ、運が良ければ《加護》を得られる。この国で平民が得る唯一の場所だった。


「この間、用があって神殿の孤児院に行ったんだ。俺、そこで育ったから。そしたら冒険者が何人も運試しに来ていた。高いのにな。冒険者は、やっぱり稼げるってことだな」


 ロッサルは、孤児院の出だった。冒険者になって金を稼いで、恩を返したいと言っていた。


「なあ、ロッサル。祈祷料ってどれくらいするんだ」


 彼は両の手のひらを上に向け、お手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。


「銀貨十枚だ」


「ないな。妹が侍女になるための支度金も重なって、余裕がない」


 愕然とした。銀貨十枚なんてとてもじゃないが手が出ない。


「レンドルは騎士になるんだろ? 騎士院はどうするんだ」


 父は騎士爵だが領地もなく、稼ぎのほとんどは生活に消える。借金もある。


「騎士院に入るための資金は底をつきてる。伝手で従騎士見習いになる道を考えてる」


「貴族のお抱えってことか。なるほどな、成績は優秀だし、剣の腕も確かだしな。歴史以外は」


 ロッサルが鼻で笑う。レンドルは苦笑いを隠さなかった。

 だが、騎士になったとして、いつ貯まるとも知れぬ祈祷料を待つ余裕など、あるのだろうか。


「それにしても高いな。銀貨十枚なんてあるわけがない。《加護》とは縁がないんだろうな」


「でも、絶対無理ってわけでもない。その冒険者たちの一人――疾風のフェザインという二つ名持ちが《加護》持ちになったらしい」


「有名な奴なのか?」


「聞いた話だとルベリアの冒険者で、そっちじゃ知られてるらしい」


「それって、ルベリアの戦力になるってことだよな」


「戦場に出てくればな」


 金を積んだとて《加護》を得る保証はないが、挑まなければ、手に入ることも決してない。


 父は、魔物退治専門の冒険者を続けている。

 剣の腕を買われ、ときどき悪党退治(しょうきんかせぎ)の誘いもある。

 稼ぎが悪いわけじゃない。

 だが、借金の返済と、妹の支度金も稼ぐなら――冒険者か。


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