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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第3章 碧眼の狼と精霊
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第117話 ルベリアの罠 15 ―― 仮面

「貴様、ネオネスのことを知っているな!」


 ブルードは怒りの形相だった。

 とても表情を繕う仮面の男とは思えなかった。

 本気の怒りだ。怖いくらいだ。


「知らないわ、離して!」


 ブルードはジークの右腕をひねり上げ、そのまま持ち上げた。

 苦痛に歪む彼女の顔を見ると、そうとうな痛みだろう。


「やめろ! ウィンダス侯爵!」


 声を上げたが、彼女のところに行こうにも足が動かない。


「レンドルか、銀狼相手に戦えるとは、さすがファレンの息子だ。そして――サンルード様の《英雄の加護》は本物だ」


 ブルードの静かだが、底冷えするような声が響いた。


「だが、黙っていろ。お前には関係がないことだ」


 黙っていられるはずがなかった。だが、どうにもならない。

 怒りだけが、胸の内を満たしていく。

 それに呼応するように、また昏い魔力が身体からにじみ出していた。


「落ち着けレンドル。ベックがジュカを連れて来る。だから、もう少しだけ我慢しろ」


 サナロアは、レンドルがジークのもとへ行けない歯がゆさをわかっているようだった。


「よかった、ジュカは無事だったんだな」


「身を隠していたからな」


 その言葉を聞いてレンドルは胸をなでおろした。


「レンドルがあのエルフの少女のことを気にかけているのは、わかっているぞ」


「え、ああ……」


「いきなり浮気とはな、先が思いやられるな」


 レンドルは絶句した。サナロアはため息交じりに呟くと、口角を上げた。


「冗談だ。それにしても、可愛らしい子だ。サンガードは重婚も大丈夫だぞ」


 サナロアの悪戯な笑顔が妙に怖い。


「私は別に構わない。レンドルが、私も愛してくれると信じているから」


「いや、なんで」


「違うのか?」


「愛も信頼も全部ある、それは大丈夫だ。心配しなくていい。それに、その前に、ジークとは何もない」


「心配はしていないが、ジュカとはあっただろ」


 何も言えなかった。


「少しは冷静になったか」


 レンドルは、サナロアの意図に気がついた。

 あのままの怒りが身体からあふれ出していれば、どうなっていただろう。

 自分はきっと、動かない足を引きずってでも、ブルードに向かって行ったかもしれない。


 父なら、そんなことにならない。

 いかに自分が未熟かを、思い知らされた。


 ブルードが、ジークの腕を振り回し、地面に投げ伏せた。

 レンドルは歯を食いしばる。


 怒りは消えていない。

 だが、先ほどのように、その怒りに呑まれてはいなかった。


 今の自分では、何もできない。

 ただ、それが悔しかった。


 それにしても、あの男は、なぜジークに乱暴な振る舞いをするのか。

 エルフの少女に対して、どうして、あのようなことができるのか。


 ベギラダの神殿にいたネオネスは、ジークの父親だ。

 ブルードはネオネスのことを知っていた。

 二人の間に何かあったということか。


 そこに、ベックと護衛騎士に守られながら、ジュカが駆けつけてきた。

 息を切らしたジュカが、レンドルを見ると心配そうな顔をしていた。


「ジュカ、レンドルの足がひどい」


 サナロアの声に、ジュカは黙って頷いた。

 雨と泥でぬかるんだ地面に膝を着き、治癒を始める。

 彼女の素肌が泥まみれになるが、まったく気に留めるようなことはなかった。


 これで何度目だろう。彼女に助けてもらうのは。

 薄紅色の髪から、雨がしたたり落ちる。


 ほんの数秒だ。まったく痛みもない。足が動く。


「ジュカ、助かったよ」


「魔獣と戦っていたのを見ました。本当に、すごかった。あなたを選んで、あたしは良かった」


 そう言って、彼女は微笑んだ。


 レンドルは「ありがとう」と告げて、ブルードに向かう。


「ブルード!」


 今度は、あえて呼び捨てにした。

 身分が違うのだ。本来であれば、切り殺されてもおかしくない。

 だが、もうレンドルは目の前の男に容赦するつもりはなかった。


 誰も見ていないところで、切り殺そうと考えていた。

 しかし、もはやそんな話ではなかった。


 調印式の場で、こちらに向かって剣を向けてきた。

 銀狼の乱入で混乱が生じ、結果的に刃が届かなかっただけだ。

 間違いなく、ブルードは自分の命を狙っていた。


 歩みを止めない。目に魔力を集中する。

 斬られようが突かれようが、この眼で捉えられないものなどない。そう確信していた。


 レンドルは剣を下段に構えながら、ブルードに近づいていく。

 ブルードは地面に伏せたジークから視線を外し、ゆっくりと剣を抜いた。


 サナロアが、すぐにジークの側へ駆け寄る。


「ジークは、要塞の門を氷で塞いだ功労者だ。敬意を払うべきだ。こんな手荒な真似をするなんて、どうかしている」


 サナロアはブルードを咎めた。

 言っていることは至極当然のことだが、ブルードは唾を吐いた。


 そこに、ノックス大隊長が、声を上げて駆け寄ってくる。


「ウィンダス侯爵閣下! ご無事でしたか。負傷者が多いですが、なんとか持ちこたえられそうです」


「そうか。では、レンドルを拘束しろ。反逆罪だ」


「は?」


「聞こえなかったのか? ラクロアンの盟主を殺そうとしたのだ。当然だ」


「それは、しかし――」


「貴様は我が領の騎士だぞ。俺の命令に逆らう気か」


「お言葉ですが、レンドルがいなければ、この戦争には勝てませんでした。それに反逆とは」


「同盟は皇国が決定したことだ。グリフォートが遠征軍の総司令官であっても、それを覆す権限などない。だから、俺は止めようとした」


「ならば、あの場で反対すべきだった。レンドルは命令に従うしかない」


 ノックスの声はまだ硬かったが、震えてはいなかった。

 雨に打たれながらも、ブルードから目を逸らしていなかった。


「ノックスのやつ、包帯を外した覚悟は本物だな」


 ベックが白い歯を見せながら笑った。

 レンドルは、大隊長に頼もしささえ感じていた。


 雨が強まってきた。


 雨が目に入った瞬間、レンドルは瞬きをした。


 ノックスの胸に、ブルードの剣が突き刺さっていた。


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