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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第3章 碧眼の狼と精霊
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第114話 ルベリアの罠 12 ―― 見えた未来

 すさまじい衝撃が両手を伝わった。

 剣は、銀狼の牙の根元へ深く食い込んでいた。

 そのおかげで噛みつきだけは辛くも防ぐことができた。


 だが、銀狼の巨躯までは止められない。

 そのまま身体ごとぶつかられた瞬間、剣が口元から抜け、レンドルは大きく吹き飛ばされた。


 灰色の空と地面が、交互に視界を過ぎっていく。

 地面に叩きつけられ、さらに木の根元へ激突して、ようやく身体が止まった。


 それでも、両手で握っていた剣だけは放さなかった。

 息ができない。


 先ほどの一撃では、剣先だけに魔力を集中させていた。

 身体を守るために回す魔力など、ほとんど残していなかった。


 口と鼻から流れた血が、濡れた地面へ滴り落ちる。

 全身に激痛が走り、立ち上がることさえできなかった。


 ぼやける視界の中、ラクアや騎士たちが銀狼へ次々と剣を突き立てているのが見えた。

 先ほどまで戦士たちの口元から上がっていた白い息が、消えている。

 そして、銀狼を覆っていた銀膜が失われ、漆黒の体毛が露わになっていた。


「魔力が練れるぞ!」


 誰かが叫んだ。

 直後、幾つもの魔法が続けざまに銀狼へ叩き込まれた。


 ――そうか。

 銀狼が銀膜を纏っている間は、異常な冷気が周囲を包み、他の者は魔力を扱えなくなるのか。

 あの魔獣は、そんなことまでできるのか。


 だが、魔力防御を失っていても銀狼の猛威は止まらない。

 皇国とラクロアンの戦士たちへ向けて、牙と右肩の刃を振るう。

 何人もの戦士が刃に斬り払われた。金属製の鎧も鎖帷子も、まるで何の意味もなかったかのように引き裂かれていく。


 牙に噛み砕かれる者。

 巨大な前足に踏み潰される者。

 それでも、戦士たちは銀狼を取り囲んだ。


 その時、銀狼の足元が泥のように沈み始めた。

 地面が沼のように変わり、巨躯の動きが鈍る。

 そこへ無数の氷の槍が降り注ぎ、銀狼の身体へ突き刺さった。

 さらに上空には巨大な岩が現れ、そのまま銀狼めがけて落下する。


 皇国とラクロアン。

 双方の魔法士たちが放つ強力な魔法が、息つく暇もなく銀狼へ降り注いでいた。


 このままなら、倒せるのではないか。

 そう思えるほどの集中攻撃だった。


 だが、銀狼の傷口が青く光り始めた。

 裂けた肉が塞がり、突き刺さった傷が、目に見える速さで消えていく。


 周囲からどよめきが上がった。


 同じだった。巨人族の傭兵ドッテヌーアも、傷を瞬く間に治していた。

 銀狼も、治癒の加護を持っているのか。


 傷が完全に塞がると、再び漆黒の身体を銀膜が覆っていく。

 傷を癒している間は、魔力防御まで維持できないのかもしれない。


「レンドル! 大丈夫!」


 聞き覚えのある声がした。

 ジークが駆け寄ってくる。

 だが、周囲を見渡すその顔には、戸惑いが浮かんでいた。


「あたし、どうしてここに……」


 意識が遠のきかけた。

 レンドルは全身へ魔力を流し込み、無理矢理に身体を奮い立たせる。

 剣を杖代わりにして立ち上がろうとしたが、片脚にまったく力が入らなかった。


「だめ、無理して立たないで」


 ジークが身体を支えようとする。


「皇国とラクロアンの調印式の最中に、銀狼が襲撃してきたんだ。君は、また記憶を――」


 ジークの顔が悲しみに歪んだ。

 頬を伝う雫が、雨なのか涙なのかは分からない。

 濡れた銀髪は、曇天を映したように暗く沈んで見えた。


「大丈夫。今は銀狼を何とかしよう。それに、俺は――」


 ――そうだ。女商人ペルギアとの約束だけじゃない。


「君を助けると、誓ったんだ」


 その時、銀狼が前足を地面へ叩きつけた。

 再び銀色の波が地面を走る。


 ジークがすかさず手をかざし、氷槍の魔法を地面へ撃ち込んだ。

 銀色の波とジークの魔力がぶつかる。

 直後に地面から生えた氷の棘は、先ほどとは違い、まばらにしか現れなかった。


 ――ジークの魔法が、銀狼の魔法を抑え込んだのか。


 魔力と魔力。

 魔法と魔法のぶつかり合い。


 ジークは迷わず戦おうとしている。記憶が曖昧なままだというのに。

 今、自分が何をすべきなのかを、すぐに理解したのだ。


 それに、なぜか彼女は銀狼の冷気の影響を受けていない。

 レンドルは、彼女も自分と同じように魔力を扱えているのだと気づいた。

 何か理由があるのだろう。魔力の性質が関係しているのかもしれない。


 氷の槍と、氷の棘の合間を縫うように、一人の女性がこちらへ駆けてきた。

 雨に濡れた青い髪がなびいている。

 その姿が見えた瞬間だった。


 〝アオイカミ シンジャウネ クスクス〟


 耳元ではない。頭の中へ、直接ささやきかけられた。


 同時に、レンドルの脳裏へ一つの光景が飛び込んできた。

 銀狼の右肩から伸びた刃が横薙ぎに振るわれる。


 その先にいるのは――サナロア。


 青い髪が舞う。


 銀狼の刃に斬り払われる彼女の姿が、一瞬だけ鮮明に見えた。


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