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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第3章 碧眼の狼と精霊
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第113話 ルベリアの罠 11 ―― 剣先

 サンガード皇国は、調印の場でラクアを討つつもりだった。

 だが、その企みはブルードを通じてラクロアン側へ漏れていた。


 ラクアたちは逆に先手を取り、調印式そのものを利用して皇国側へ襲いかかった。

 互いに相手を出し抜こうとし、殺そうとしていた。


 どちらが罠を仕掛け、どちらが裏切ったのか。

 誰が誰を殺そうとしていたのか。

 そんな人族の思惑など、この古の魔獣には何の関係もなかった。

 文字通り、その全てを踏みつけるように銀狼は現れたのだ。


 銀狼が前足を地面へ叩きつけた。

 その足元から、銀色の波が地面を這うように周囲へ広がっていく。

 レンドルの足元にも迫ってきた。


 身体が危険を訴えた。

 レンドルは咄嗟に横へ身を引き、銀色の波を避けた。


 その瞬間――。


 銀色が走った地面から、無数の氷の棘が空へ向かって突き抜けた。


「ぐあっ!」


「うわあああっ!」


 騎士や兵士たちが、次々と串刺しにされていく。

 何人――いや、何十人の戦士が息絶えたのだろう。


 レンドルは軋む身体に鞭を打ち、剣の柄を握りしめた。


 圧倒的な魔力だった。

 加護を得た今だからこそ、それがどれほど異常なものなのか分かる。

 この魔獣に勝てる者などいるのか。


 あれだけ魔力を込めた刃でさえ、銀狼の魔力防御にはまったく通らなかった。

 父さんの剣は、あれを貫いたのか。一体、どうやって――。


 ラクアの光の剣が、銀狼の身体へ叩き込まれた。

 だが、巨人族の傭兵と戦った時と同じように、光の刃は触れた瞬間に砕けて散った。

 ラクアでさえ、銀狼の魔力防御を打ち破ることはできない。


 銀狼が、ジークへまた一歩近づく。

 白銀の巨躯が動くたび、地面が軋むほどの重みが伝わってくる。


「魔力が練れない!」


 ラクロアンの騎士の一人が叫んだ。


 冷たい空気が肺を刺す。

 骨身に染みるほどの冷たさだ。

 銀狼の魔力が高まるにつれ、その場に集まった兵士や騎士たちが、次々と崩れるように膝をついていく。


「う、動けない……!」


 悲鳴にも似た声が、あちこちから上がった。


 辛うじて動けているのは、ラクアとラクロアンの騎士たちくらいだ。

 銀狼の目の前では、ラクアが剣を向けて牽制している。


 ジークは動かない。

 虚ろな瞳のまま、その場に立ち尽くしていた。


 氷の棘に串刺しにされた戦士たちは、貫かれた場所から凍り始めている。

 鎧の隙間から白い霜が広がり、身体を覆っていく。

 ジークの氷の剣と同じだ。


 身体を貫いてなお、相手を凍らせていく。

 あんな姿を見れば、棘が致命傷でなくとも、助かるはずがないことくらい分かった。


 レンドルは荒くなった呼吸を整えた。


 その時、ふと気がついた。

 息が、白くない。


 周囲の戦士たちは皆、白い息を吐いている。

 一人、また一人と膝を折っていく。


 だがレンドルは、空気の冷たさこそ感じているものの、それだけだった。

 身体は動く。魔力も問題なく練ることができる。


 加護を得たことで、銀狼の魔力の影響を受けていないのか。


 ラクアが距離を取る。その口元から、白い息が漏れていた。

 それを見て、レンドルは確信した。


 ――俺だけ息が白くない。


 自分だけが、銀狼の魔力によるこの異常な冷気に呑まれていない。

 なぜなのかは分からない。

 だが、今はその理由を考えている場合ではなかった。


 レンドルは銀狼へ視線を戻した。

 その右肩には、刃のような突起が生えている。

 あれが、母を斬り裂いた。


 何度も夢に見た。

 忘れようとしても、決して消えることのなかった光景だ。


 その刃が銀色の光を帯びた。

 銀狼がラクアへ飛びかかる。

 ラクアは素早く身を翻して躱し、すれ違いざまに剣を叩き込んだ。


 甲高い金属音が響く。

 だが、それだけだった。

 銀狼には傷一つついていない。


 ――冷静になるんだ。父さんなら、どうする。


 自分に何ができる。

 何ができない。

 そして、今、何をすべきなのか。


 父の剣は、かつて銀狼の魔力防御を貫いた。父にも魔力はあった。

 レンドルも先ほどの一撃には限界まで魔力を込めていたが、銀狼の身体には届かなかった。


 なら、何が違う。単純な魔力量ではない。


 銀狼の魔力防御を正面から力で破るなら、それ以上の魔力が必要になる。

 だが、父の魔力が銀狼を上回っていたとは思えない。


 その時、レンドルの脳裏に、これまでの戦いの記憶が浮かんだ。


 ――フェザイン。


 フェザインの剣は、レンドルの魔力防御を貫いた。

 あの剣は、魔力を纏わせることで貫通力を増していた。


 では、どこに魔力を集中させていた――。

 剣先だ。


 魔力防御も同じだ。全身へ薄く広げるより、一点へ集中させた方が強固になる。

 攻撃も防御も、理屈は同じだ。


 魔力を纏わせることで貫通力が増すのなら、それを剣先だけに集中させればいい。

 さらに強く一点を穿(うが)てるのではないか。


 父は突きの名手だった。

 なら、剣先の一点に魔力を集中させて銀狼を突いたはずだ。


 確証などない。試している余裕もない。

 今の身体では、銀狼とまともに斬り合えるはずがなかった。

 だから、もうそれしかない。


 刃全体へ魔力を広げるのではない。

 ただ剣先へ、一点だけに集め、突く。


 レンドルは大きく息を吐き、ジークへ視線を向けた。


 彼女を正気に戻すには、直接魔力を流し込む必要がある。

 だが、そのためには銀狼のすぐ近くまで行かなければならない。


 先ほどの体当たりで、全身に激しい痛みが残っている。

 走ることはできない。


 レンドルは剣を握ったまま、ゆっくりと歩き出した。


 氷の棘を避けながら、一歩ずつ前へ進む。

 ラクアの光の剣と、銀狼の肩から生えた刃がぶつかり合う音が響いていた。


 誰も二人へ近づけない。


 そんな中を、レンドルだけが歩いていく。


 銀狼の近くへ行けば、自分も狙われる。

 殺されるかもしれない。


 だが、銀狼はジークを欲しがっている。


 ――なら、魔法は使いづらい。


 あの氷の槍や棘で攻撃すれば、ジークまで巻き込む可能性がある。

 右肩から生えた刃で薙ぎ払うのも同じだ。


 あれほど大きな刃を振るえば、すぐそばにいるジークまで斬り裂きかねない。

 なら、ジークのすぐそばまで近づき、銀狼が自分だけを狙うように仕向ければいい。


 爪か、牙――どちらかに絞れる。


 何もしないままなら、死を待つだけだ。

 ジークを助けることもできない。

 それなら――やってやる。


 レンドルは、濡れた草地を踏みしめながら、一歩一歩ジークに近づく。

 ジークの数メートル手前まで来た時、銀狼が低く唸り、レンドルへ顔を向けた。


『赤髪、何をしている』


 レンドルは足を止めなかった。


「ジークを助けるんだ」


 銀狼の碧眼が細くなる。

 レンドルはその目を真っすぐに睨み返した。


「噛み殺してみろよ」


 銀狼の喉から、低い唸り声が漏れる。


『望みどおりにしてやろう』


 ――乗った。


 レンドルはジークまで辿り着くと、その肩を掴んだ。


 魔力を流し込む。すぐに感じた。

 ジークの中に、異質な魔力がまとわりついている。


 ――ラクアの魔力。


 それが彼女の意識を覆い、身体の奥まで入り込んでいる。


 レンドルは歯を食いしばり、それを無理矢理押し出すように、さらに自分の魔力を注ぎ込んだ。


「ジーク、しっかりしろ!」


 ジークがぎゅっと目を閉じた。

 何かに耐えるように眉を寄せ、唇を強く噛み締める。


 やがて、その身体が小さく震えた。


 ゆっくりと目を開く。


 虚ろだった銀瞳に、光が戻った。


「あ……レンドル?」


 焦点の合った瞳がレンドルを捉える。


「えッ――」


 ジークが周囲の惨状に気づき、目を見開いた。


 同時に、ラクアが銀狼へ斬り込んだ。


 銀狼は右肩の刃で光の剣を弾き、そのまま地面を蹴った。


 一直線に、レンドルへ向かってくる。


 レンドルはジークから手を離し、剣を構えた。

 もう一度、全身の魔力を練り上げる。


 巨大な口が開いた。

 その奥に並ぶ牙は、一本一本が刃物のように鋭い。


 ――噛みつき。狙いどおりだ。


 銀狼の動きが、徐々に遅く見えてくる。

 今度は剣全体へ魔力を流さない。


 剣先へ。


 もっと狭く。


 もっと一点へ。


 剣先だけへ魔力を集中させていく。


 銀狼の牙が迫る。


 もう躱せる距離ではない。


 レンドルは足を踏み込み、開かれた銀狼の口へ向けて、両手で剣を真っすぐに突き出した。


 剣先が銀色の魔力に触れた。


 一瞬、凄まじい抵抗が腕を押し返す。


 それでも、レンドルは剣を引かなかった。


 さらに魔力を一点へ押し込む。


 そして――。


 レンドルの手に、肉を裂く感触が伝わった。


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