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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第1章 赤髪の剣士と英雄
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第9話 ロングソードに祝福を

 神殿を出ると、昼の太陽が高く昇っていた。

 石畳は明るく、影は短い。


 レンドルは歩きながら、腰のロングソードに手を添える。

 鞘越しに伝わる感触は、いつもと変わらない。


 神殿騎士レオニードの案内を受け、明日は証紋官(しょうもんかん)ギルドに行くことになった。

 レオニード立ち合いのもと、加護を得たことを登録すると言っていた。

 それと、なんの加護を得たのかも調べようと。

 それより先の具体的なことは、そこで話すと言われて、今は兵舎に戻るため大通りに向かっている。


 前方から、弾んだ声が飛んできた。


「あっ、お母さん見て! 僕と同じ赤髪だ!」


 小さな男の子が指をさしてはしゃぐ。


「だめよ! ……騎士様、お許しを」


 母親が慌ててその手を引いた。


「いえ、騎士じゃないですから」


 レンドルは立ち止まり、腰の剣から手を離した。


 そう答えると、母親は少しだけ表情を緩め、子どもの手を引いて歩き出した。

 親子の背中が、人の流れに紛れていく。


 レンドルは自分の視線が、自然と母親の背中を追っていたことに気が付いた。

 大きく息をすって、大通りに体を向けた。

 賑わう声が大通りのほうから耳に届く。


 ルベリアとの争いの中、攻めているのはサンガード皇国だ。王都には、何の火も届いていない。

 外国との貿易も盛んで、大通りには外国人と分かる服装をしたものが見える。

 立ち並ぶ建物にも外国の店がいくつかあり、レンドルは顔なじみの店主と挨拶を交わしていた。


 大通りを進むと、冒険者ギルドの前に荷台が停まっていた。

 荷台を冒険者たちが囲い、声を掛け合っている。

 その隙間から、黒い体躯が見えた。

 荷台の上に、黒い体毛の魔物が横たわっていた。


 ――あれは、闇の森の狼だ。


 そう認識した瞬間、胸の奥が冷えた。

 右手が、こわばる。

 手が動かない。

 力を入れようとしても、入らない。


 分かっている。ただの死体だ。落ち着け。

 それでも、身体が反応する。


 ――あれは、銀狼じゃない。もっと大きい。


「おお、闇の森の狼だ。珍しいぞ」


「エルフどもが森を掃除したって話だからな。最近はほとんど見ない」


「だから言ってんだろ、血抜きしてねぇのはもったいねえって」


「ふざけんな。月闇(つきやみ)のアステリオかもしれねえだろ」


「アステリオだと、ばか言え! こいつが銀狼なもんか」


 狼を遠目で見ていた、別の冒険者が荷台に近づき、言葉を吐いた。


「俺は昔、銀狼討伐に参戦したんだ。銀狼はこんなもんじゃねえ。見た瞬間に身体が凍っちまう。何人も殺された……みんな死んだ。光った瞬間に何人も斬られた。何年もエルフを殺している化け物だ」


「へっ、びびりやがって。まあいい、今ここで血抜いてやるよ」


 剣が抜かれる。レンドルは、思わず首を逸らした。


 その時、なぜか大通りの喧騒が遠のいた。

 さっきの親子が見えた。

 赤髪の子どもが、何かを見つけたように、こちらを指さしている。


 つられるように、レンドルは視線を向けた。

 次の瞬間、死体だったはずの狼が跳ね起きた。


「なッ!」


 爪が振るわれ、剣を抜いた冒険者が声を上げたが、腕が裂ける。

 悲鳴と血の匂いが一気に広がった。


「うあ! 生きてるぞ!」


「下がれ!」


 狼は荷台を蹴り、大通りへ飛び出す。

 レンドルは、狼の向いた先を思い出す。その進路には――さっきの母親と赤髪の子ども。

 肌が、全身が一気に燃え上がるような感覚。


 周囲は、一気に悲鳴と驚きの声が溢れた。

 狼は一歩進むと、徐々に速度を上げて走り出した。


 母親は子どもを抱き寄せ、その場に立ち尽くした。

 恐怖が、胸まで上がりかける。


 そのときだった。


 右手に、懐かしいぬくもりが触れた気がした。わずかな重さが加わる。

 それだけで、身体が前に出ていた。


 狼が母子の前で飛び跳ね――飛びかかった。


 右手が柄を掴む。右足を強く踏み込む。

 景色があっという間に飛んで、親子の前にたどり着いた。


 狼が飛びかかったまま宙に浮かび、ゆっくりと動いている。

 大きな爪が親子に向けられている。


 剣を抜いた瞬間、太陽の光に当たり、刃が白く揺らぐ。

 銀光の筋が、瞬く間に流れた。


 感触はない。抵抗も、引っかかりもない。

 親子を引き裂こうとした狼の前脚が、唐突に落ちる。


 狼の振りかぶった前脚は空を斬った。

 そのまま着地ができず、地面に突っ込んだ。


「今だ!」


「撃て!」


 冒険者ギルドから駆け出してきた者たちが動いた。

 詠唱の声。

 弓弦の音。


 氷槍が狼の胴を貫き、矢が突き立つ。

 続々と冒険者たちが集まり、剣を槍を突き立てていく。

 狼は一度だけ吠え、地面に崩れ落ちた。


 レンドルは構えを解かず、剣を握ったまま立っていた。


「また動かれたら、たまったもんじゃねえ、頭いくぞ」


 巨大な鉄槌を持った見るからに屈強な戦士が、大きく振りかぶった。

 レンドルは、それを見えないように親子の前に立った。

 大きな打撃音と、それが潰れる嫌な音が無抵抗に耳に入る。

 石畳も割れるほどの威力だった。


 レンドルは、構えを解きロングソードの刃を自分の前に立てる。わずかに銀色に光を帯びている。そして、一瞬青い光の粒が煌めいたように見えた。


 ――今のは。


 母親が、小さく息を呑む音がレンドルの耳に届いた。

 振り返ると、子どもを抱いた腕に、力がこもっていた。


 それに気づいて、レンドルはすぐに剣を引いた。

 刃を親子に向けないよう、視線の外へ逃がしながら、

 音を立てず、見えないように鞘へ納める。


 それから、母親と子どもの前で、レンドルは片膝をついた。


「もう、大丈夫です」


 母親はその場に立ち尽くしたまま、震える息を吐いた。


「あ、ありがとうございます、ありがとうございます」


 レンドルは一度だけ、うなずいた。

 視線を落とし、小さく息を吐く。


 ――間に合ったよ……母さん。


 母親は何度も頭を下げるのが視界の端に見える。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 赤髪の子どもの眼は、どこか自分に似ている気がした。

 それでいて、静かな目をしていた。


「泣かないんだな、偉いぞ」


 赤髪の子供は小さく頷いて、母親の胸に顔を埋めた。


 母親は、子どもを抱いたまま後ずさる。

 レンドルは、もうその背中を追わなかった。

 背後では、冒険者たちの声が続いている。


「腕だ! 血止めしろ!」


「担架持ってこい!」


 世界は、もう動き出していた。

 レンドルは踵を返し、歩き出す。

 もう一度、自分の右手を見る。


 ――今は、動く。


 抜けなかった剣が抜けた。

 それだけを確かめて、前を見る。

 まだ、体が熱を持っていた。


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