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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第3章 碧眼の狼と精霊
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第111話 ルベリアの罠 9 ―― 碧眼

 証紋官(しょうもんかん)の呼びかけに応じ、サンガード皇国と、独立国家共同体ラクロアンの双方の代表者が、中央に置かれたテーブルへ移動した。


 皇国側代表は、今回の遠征軍の総司令官であるサザンランド公爵――グリフォート騎士団長。

 ラクロアン側代表は、ラクア・クアヴレカ・カーミオン。


 そして、証紋契約のために、お互いの証紋官が控えている。


 双方の護衛が立ち並ぶ。その数は、それぞれ十名。


 公爵から見て、左翼にブルード・ウィンダス侯爵と、その領の上級騎士。

 そして、右翼にサザンランド領騎士と、レンドル。

 両翼に五名ずつが並ぶ。


 ラクロアン側には、ラクアの護衛の騎士が並んでいる。

 要塞の外で屍人たちと戦った騎士の顔が何人か見える。


 だらりとした姿勢には、到底騎士とは思えない緩さがある。

 だが、まったく油断はできない。彼らは全員が加護持ちで、刻印の施された魔法剣を携えている。


 そして、レンドルの正面には、銀髪のエルフ、ジークが立っていた。

 光のない目。あの美しい銀瞳が、虚ろにレンドルを見ていた。


 なぜここにいるのかを考える余地はない。

 この場にいる以上、ラクアの魔法で何かされているのは明白だ。


 もし彼女が皇国に対して魔法の襲撃をかけるなら、一瞬で上級騎士たちも氷漬けになってしまうだろう。

 剣を向けることなんてできるわけがない。全力で駆けて身体を押さえるしかない。


 あのくすんだ眼を振り払うように、一度、目を閉じ、改めてラクア陣営全体を見渡した。

 ラクアがレンドルを見て、一言声をかけてきた。


「同盟を組むんだ。そんな顔をするなよ、赤髪の英雄。また遊んでやる」


 そう言って、乾いた笑い声をあげた。

 レンドルは無言で、鞘に左手を置いた。

 いつでもこの剣を抜く意思を見せた。受けて立つ、そういう態度だ。


 ラクアの口元から、白い息が漏れている。

 昼前だというのに、息が白くなるほど冷え込んでいるのは明らかにおかしい。

 まばらに降る雨も、ひどく冷たく感じた。


 そして、これも精霊の悪戯なのか。

 空気が、重く感じられた。


「ふっ、冗談の通じないやつだな」


 小さな四角いテーブルには、羊皮紙が置かれていた。


「では、最後に契約書を確認していただく。問題がなければ魔力紋をとります」


「すでに確認した。サンガード皇国はこの契約に従う。先にやらせてもらおう」


 そう言って、グリフォート騎士団長は羊皮紙に手を置いた。

 魔力が流れると、そこに魔力紋が浮かび上がるのが、視界の端に見える。

 ラクアからは一瞬たりとも目を離していない。


 十秒ほどたった後、証紋官が手をあげた。


「サンガード皇国側は終了です。ではラクロアン側代表、証紋を」


「――その前に、聞きたいことがある」


 ラクアが言った。


「なんで、こんなに寒いんだ」


 その瞬間、ラクア側の騎士たちが、一斉にこちらへ駆けながら剣を抜いた。


 レンドルの視界の端では、左翼にいたブルードとウィンダス領の上級騎士たちも、すでに剣を抜いてこちらへ駆けていた。

 その剣先は、公爵の騎士たち、そしてレンドルへ向けられている。


 ――ラクア側が先に攻撃を!


 皇国側の上級騎士たちは、まだ剣を抜いていない。

 何人かが鞘に手をかけたばかりだった。

 合図より先に攻撃を受けることなど、微塵も想定していなかったのだ。


 レンドルは魔力を一気に練り上げた。


 突っ込んでくる騎士たちの動きが、徐々に遅くなる。

 世界の中に、自分だけが取り残されたような感覚。


 ブルードが来る。


 レンドルは身体を左へ向けながら、剣に手を掛けた。


 その瞬間――。


 背中に、凄まじい魔力を感じた。


 ぞっとするほど冷たい何かが、一気に背後から迫ってくる。

 一本の氷槍が頬すれすれを抜けた。

 冷気が肌を刺す。


 考えるより早く、レンドルは身体を地面へ伏せた。

 直後、無数の氷の槍が頭上を凄まじい勢いで通り過ぎた。

 そして、その先にいたブルードたちへ襲いかかった。


「なッ――!」


 無数の氷槍はブルードたちだけではなく、周囲の騎士たちまで巻き込んだ。

 目の前で、騎士たちが次々と貫かれていく。


 正面から突き刺さった氷槍が鎧を貫き、その背中から鋭い穂先を突き出した。

 走っていた騎士たちは勢いを失い、次々と地面へ倒れていく。


 レンドルは息を呑んだ。


 ――俺だけ、当たらなかった?


 避けた、とは思えなかった。

 頬すれすれを抜けた一本に、反射的に身体を伏せただけだ。

 あと一瞬遅ければ、自分も同じように貫かれていた。


 偶然としか思えなかった。

 だが、考える暇はなかった。


 頭上が、突然暗くなった。

 巨大な何かが、レンドルの背後から飛び越えていく。


 風圧が髪とマントを激しく叩いた。


 次の瞬間――。


 巨大な狼が、騎士団長とラクアの間に置かれていたテーブルへ降り立った。


 轟音。


 地面が揺れ、小さな四角いテーブルが一瞬で砕け散る。

 羊皮紙が雨の中へ舞い上がった。


 レンドルは伏せたまま、横目でその光景を見た。


 剣牙族のガルルガが魔獣となった姿よりも、一回りも二回りも巨大な魔獣。


 漆黒の体毛。

 異様な巨躯(きょく)


 レンドルはすぐに立ち上がった。


 ふと、ジークへ視線を向ける。

 ぼんやりと立つ彼女は、そのままだった。

 この異常な事態でも、虚ろな瞳は変わらない。


 氷の槍を放ったのは、ジークじゃない。


 ――こいつか。

 この魔獣が、あの氷槍を。


 先ほど背後から感じた、あの凍てつく魔力。

 目の前の魔獣から、同じ冷気と魔力を感じる。


 魔獣の顔が、ゆっくりとこちらを向く。


 狼の身体が銀色に輝きだした。

 レンドルの全身が強張った。


 そして――。


 その碧眼(へきがん)を捉えた瞬間、レンドルの全身が凍り付いた。


 忘れるはずがない、あの日に見た――碧眼を。


 〝よんだ よんだ おおかみ よんだ〟


 レンドルの頭の中に、囁く声が響き渡った。


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