第109話 ルベリアの罠 7 ―― サナロアの機転
「騎士団長、レンドル隊副官サナロアです!」
衛兵の声が、天幕に届く。
「……入れ」
張り詰めた空気と静かな騎士団長の声が、レンドルの気持ちをさらに重くした。
「参上しました。サナロア・エーダーです。……レンドル隊長? それに、ウィンダス侯爵まで」
サナロアと視線を交わす。
彼女もまた、困ったような表情を浮かべていた。
何も言わずに、急いで騎士団長のところに来てしまった。
時間がなかった。愚かな選択をしたかもしれない。
拳をぎゅっと握る。
ごまかすために、サナロアのことを話してしまった。
嘘は言っていない。だが、どんな結果になるのかは、わからない。
騎士団長は腕を組み、口を挟まずに黙って成り行きを見守っている。
その沈黙を破り、ブルードが鋭い口調でサナロアに問いかけた。
「レンドルは黙っていろ。いいな。副官サナロア。お前に聞きたいことがある。簡潔に答えろ。なぜ、レンドルは騎士団長のところに単独で来た。持ち場を離れているのは、なぜだ」
「先鋒隊の捜索がなかったので、レンドル隊長から指示を受けました。ですが、ノックス大隊長は調印式の準備に向かわれたはずで、それで、確認のため直接騎士団長のところにいかれたのでは。部隊所属のタタが行方不明ですし。彼は、巨人族の傭兵と戦った功労者でもありますから。隊長は捜索隊を出したいと考えていたようです」
「そんなことで、直接、騎士団長のところに来るなど、ありえん! ノックスが捜索を不要と判断したことだ。命令を無視するなど、隊長の行動としては不適切だ。理由は他にあるのではないか。軍務規定違反だ!」
「お言葉ですが、ひとつ確認させてください。レンドル隊をノックス大隊へ配属するよう指示されたのは、グリフォート騎士団長とウィンダス侯爵、どちらでしょうか」
「……何? 当然私だ。それがどうした」
「では、レンドル隊長の勝手な行動は、ウィンダス侯爵の監督不行届ということになりますね」
「なんだと!」
「私は、ただの副官です。隊長の判断を覆す権限はありません。副隊長ではないのですから」
「くッ……いや、確かにそうだな。お前の言うとおりだ。では、何をしにきたかは、わからないわけだな」
「わかりません。ですが、レンドル隊長のことです。きっと――」
「きっと、なんだ。心当たりがあるのか」
「私の……男爵家の領地が半分になることについての話かもしれません」
「イステアの件だな? だが、レンドルには関係がないことだぞ。レンドルがそれについて、騎士団長に話をする必要があるはずがない。なぜそう思った?」
サナロアは、交渉事にも長けていると聞いた。
なぜ彼女がこの場に呼ばれたのか。その理由に当たりを付けながら探りをいれている。
隊長である自分が何かをやらかしたのか、何かを話したのか。何の目的でここに来たのかも、サナロアにはわかりようがない。
だが、彼女が呼ばれたのなら、この件は自分だけでなく、サナロアにも関係している。そう判断したのだろう。
「なぜなら、私がレンドルに結婚を申し込んだからです」
「な、お前が結婚を申し込んだのか! 本当だったのか……」
ブルードが、自らイステアの件を口にした。
先鋒隊の捜索のことは否定したのに、領地のことには食いついた。
何が隠されているのかも知らないまま、ブルードの反応から逆算し、話を組み立てた。
サナロアは、そこから答えを導き出した。
なんて恰好いいんだ、サナロアは。
「はい。私は先日、姉のイステアの件とともに、領地についてサザンランド公爵に相談をしました。だから、レンドル隊長も結婚報告と、領地について公爵に相談したかったのではないでしょうか」
ああ、またサナロアに助けられた。
「レンドル隊長は、その、申し込みを受けてくれましたから」
サナロアが微笑んでいる。
それを見たレンドルは、自分の顔もほころんでいることに気がついた。
「同盟の調印前なのに、お恥ずかしい話です。レンドル隊長も、ちょっと浮かれてしまったのだと思います。あの顔を見てください」
サナロアの堂々とした姿に、抱きしめたくなった。
これならレンドルも笑っていても自然だった。
ブルードは、見たこともないほど間の抜けた顔をしていた。




