第108話 ルベリアの罠 6 ―― 殺意を隠して
ブルードは天幕の入り口から、あわただしく入ってきたが、
騎士団長直属の上級騎士が、それ以上進ませまいと阻んだ。
レンドルは、騎士団長の正面に立っている。
剣を抜いて踏み込んでも届かない距離にブルードは居る。
意図しているのか、そうでないのかはわからない。おそらく後者だ。
「んんッ? なんだ。レンドル。お前持ち場はどうした」
この男の白々しい言葉に、レンドルは冷や汗を流す。
「……ブルード教官、いや、すみません。ウィンダス侯爵。持ち場を離れたのは軽率でした。失礼します」
「待て。何を話していたか答えろ。ノックス大隊長から指示があったはずだ。持ち場を離れてここに居るのだ。よほどのことだな。まず、上官たる俺に報告しろ。今ここでだ」
――こいつの喉に剣を突き立ててやる。もう今か。今やるか。
身体の奥で、魔力がざわめいた。
駄目だ。ここで漏らせば、この男に向けた殺意と一緒に魔力が暴発する。
あの時と同じになれば、殺意がブルード自身に向いていると悟られてしまう。
レンドルは拳を強く握り、無理やり魔力を押し殺した。
「……」
「ウィンダス侯爵。儂は入ることを許可しておらん。どういうつもりだ」
「騎士団長、これは我が指揮下の部隊の問題です。ご迷惑なのはわかっています。だが、勝手な行動をしたレンドルを、このままにはできません」
「何を言うか。レンドルは中央騎士団の所属だ。懲罰兵だったからノックスの旗下にしただけだ。屍人たちのせいで兵力に偏りがある今は、中央騎士と領騎士の混成隊になっているだけだ。儂に、あまり長話をさせんでほしいものだ」
レンドルは、騎士団長のもっともらしい話は、時間稼ぎだとわかっていた。
その間に、何か手を考えろと、そういうことだ。
「しかしですな、公爵」
納得がいくはずもない。怪しまれている。
この男が、この場で引き下がるはずもない。
「……サナロアです」
ブルードの片眉が上がる。
「なんだ? サナロアだと。お前の副官がどうした」
「俺と結婚します」
「は?」
ブルードの驚いた顔だ。今のは作り笑いじゃなかった。
ずっと監視されていたが、あの夜のことは知りようがない。
誰にも話していないのだから。この男が絶対に知らないことだ。
そして、彼女なら、サナロアなら――。
「実は、調印式の護衛から外してもらえないかと、相談しにきました」
「お前が、サナロアと……結婚だと? エーダー男爵家の当主と、お前がか? でたらめをぬかすな。おい、レンドル隊の副官を呼んでこい。騎士団長、そのような相談を受けたというのは本当ですかな?」
「……儂も聞いたばかりでな、驚いておるよ」
うまい言い方だ。
ブルードの問いを否定せず、それでいて、レンドルには今初めて聞いたのだと伝えている。
騎士団長の目がレンドルに向けられている。
視線が痛い。それで、大丈夫なのかという視線だ。
「持ち場を離れたレンドルが見えたので、何かしでかすのではないかと思いましてな。押し通りました。申し訳ない。謝罪いたしましょう。ですが、サナロアが来るまで待たせていただく」
強引な男だ。
「いくら侯爵と言えども、勝手なことをぬかすな」
団長が唸るように遮った。
「要塞の施設で、レンドルが魔力を解放したことを、もうお忘れですか。あの時は、ラクアに対する怒りかと思っていたのですが、アイアンロックの伯爵に向けた剣のこともある。騎士団長にも剣を向ける気なのでは、と思いましてな」
探られている。
自分が魔力を漏らすのを待っているのかもしれない。
最初から疑われている。
最悪だ。
どうせ、この男は裏切り者なのだから。
どうせ、この男を殺さなければならないのだから。
どんなことがあろうとも、ブルードを生かしておくことなど、ありえないのだから。
サナロアが来て、もしブルードが少しでもおかしな真似をしたら――。




