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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第3章 碧眼の狼と精霊
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第106話 ルベリアの罠 4 ―― 剣を向ける先

 

 騎士団長直属の伝令兵が声をかけてきた。

 手にした伝令旗(でんれいき)には、サザンランド公爵家の紋章が描かれていた。


「ノックス大隊長、騎士団長がお呼びです。調印式の準備を急げと」


 振り返ると、ルベリア軍も地下坑道から、続々と出てきている。


 あの中に、閃光(せんこう)のラクアがいる。

 そして、銀髪のエルフの少女ジークもいるはずだ。


 昨夜、女商人ペルギアから託された銀貨十枚の依頼を思い出す。


「エルフを救う、ある騎士の物語」


 レンドルは囁くように口にした。


 ジークに惹かれるものがあった。

 それは恋愛感情じゃないと、そう思っていた。

 サナロアへ向ける想いとは、どこか違う、と。


 彼女を縛る鎖を断ち斬りたいと、ジークを助けたいと願った。

 助けられなかった母への悔いを、同じエルフのジークに重ねたところもあったのかもしれない。


 でも、遠い昔にそうしたような、そんな気がした。

 そんなことはあるはずがないのに。


 レイナダの赤雷に打たれて死にかけた時、ジークの泣き顔も見えた気がした。


 ――どうして。


 ノックスは、部隊に指示を出した後、騎士団長のいる天幕へと向かった。


「なんだ、先鋒隊はノックス隊から出ていたのに、捜索隊は出さないままなのか」


 サナロアの疑問はもっともだった。彼女の眉間に皺がよる。

 ベックに目をやると、先鋒隊の捜索を出さないことに、やはり納得していない様子だった。


「あの野郎……!」


 ノックスを睨みつけていた。仲間を見捨てた、そう考えているようだ。


 捜索隊に出す兵も惜しいほどなのだろうか。

 ここは、もうすぐ戦場になる。

 ラクアの暗殺が成功しようが失敗しようが、だ。

 だから、少しでも兵隊は残しておきたいのかもしれない。


 ――違う。ここが戦闘になるなら、ジークはどうなるんだ。まさか彼女は、皇国の敵になるのか。


 レンドルは唾を飲み込んだ。嫌な予感が、全身を駆け巡る。

 救うはずの銀髪の少女に、剣を向ける側にいると、今更気がつくなんて――。


「サナロア、ベック、聞いてくれ」


 そう言って、二人に声をかける。

 レンドルを見た二人が、驚いた表情を浮かべた。


「な、レンドル、どうしたんだ?」


 サナロアの問いかけに、レンドルは、自分がどんな顔をしているか、わからなかった。

 彼女の青い瞳には、どう映ったのか。


 焦燥に駆られた醜い顔。もしくは、これから戦いに向かう男の顔。

 きっと、どんな顔をしていたとしても、彼女を安心させるようなものではなかっただろう。


 レンドルは濡れた赤髪を、くしゃりと掻き乱した。


「俺は、ラクロアンとの調印式に出ることになった。だから――最悪、俺は戻れないかもしれない」


 強張った声だった。はっきりとは伝えられない。誰が聞いているかもわからない。


「なんだ、戻れないって……どういう――」


 そう言いかけたサナロアの顔から、みるみるうちに血の気が失せたのがわかった。


 そして同時に、喧嘩屋(けんかや)ベックは戦場で見せる顔になっていた。

 フェザインと戦っていた時と同じ顔だった。

 だから二人は、大体のことを察してくれたと思った。


「おいおい、そんなことになってんのか」


 ベックが手で口を押さえる。


「サナロア。少しでいい、この周辺の探索をしてくれないか。できれば、調印式の場所から、少し離れたところがいい」


 レンドルの言葉に、彼女の目は大きく見開いた。

 戦いの場から離れろという意味を、彼女は理解している。


「なるほどな……。俺は志願してレンドル部隊に来たが、許可が下りた理由は、そういうことか」


 ベックの返事は低く重かった。白い歯は見えなかった。

 きっと、自分がいなくなった後のことまで考えて、ノックス大隊長はベックを隊に入れたのだろう。


「前みたいに、部隊指揮はサナロアがやってくれ。タタもいない。ベック、彼女を頼む」


 サナロアの眼が潤み出した。やっぱり泣き虫だなと思った。

 そして、泣かせているのは、いつも自分だという事実に歯を食いしばる。


「どうして、どうして、言ってくれなかった……」


 サナロアの口元が、小さく震えている。

 怒りよりも悲しみが、彼女の表情を歪めている。

 正面に立っているのに、彼女の眼をまともに見られなくなった。視線を逸らしてしまった。


 抱きしめたとき、「何でもない」と言ってしまった。

 どうして、素直に言葉が出なかったのだろう。


 誰にも伝えられない任務だった。

 それが事実でも、彼女を傷つけたことに変わりはない。


「……すまない」


 なんて短い言葉だろう。

 そして、どれだけ無責任な言葉だろう。


 レンドルの言葉に、サナロアは何か言いかけた。けれど、声が小さくて聞き取れなかった。


 その時、サナロアの右手が、レンドルの胸を押した。


 自分とサナロアの距離が、本当に離れてしまう。そう思った。


「私は、レンドルが戻ってくると、信じている。だから、謝らなくていい」


 彼女が離れたと思ったのは、一瞬だった。サナロアは、レンドルの胸に手を当てただけだった。

 周りには兵士たちがいる。額を預ける代わりだとわかった。


「だから、戻って、また抱きしめてほしい」


 うつむく彼女の震える声。

 震える手が、レンドルにすがりついた。


 ベックは、レンドルとサナロアに背を向けた。


 レンドルは、その手の上に自分の手を重ねた。


「……ああ。ありがとう、サナロア。また、助けられた」


 彼女の手を握りしめると、サナロアは微かに頷いた。


 レンドルは調印式が始まる直前に、騎士団長の元へ護衛として向かう。

 サンガード皇国と、ラクロアンの同盟に向けた調印式が執り行われる。


 そして、それは皇国の腐敗を終わらせるための儀式となる。

 言葉はない。ただ無慈悲な剣が、幾振りも皇国のために振るわれる。


 捧げられるのは、ラクロアンの剣――閃光のラクア。


 このまま、止められないのか。何か、方法はないのか。

 皇国とラクロアンの同盟は結ばれない。

 ラクアの暗殺が成功するかどうかも、今はどうでもよかった。


 だがジークを助け出すには、どうしたらいいのか。


 レンドルは、拳を握りしめ、光の届かない灰色の空を見上げた。


 その時だった、まただ。視線を感じた。

 この要塞で何度も視線を感じた。ブルードの視線だ。


 ふと、気がついた。気がつくのが遅すぎた。


 ――ブルードは、俺を殺す気だ。


 〝こまってるよ よんで よんで よんで〟


 何か聞こえたような気がした。


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