第104話 ルベリアの罠 2 ―― 戻らぬ連絡兵
ノックス大隊長が包帯を外した理由は、レンドルのせいだと言う。
何の心当たりもなかった。彼と話したことなど、ほとんどなかった。
「わからないって顔だな。そりゃ当然だ。レンドルが倒した魔獣の死骸をノックスは見た。あんな魔獣を前に、お前は逃げもしないどころか、立ち向かったわけだ」
あの時は、ジュカを連れ去ろうとしていた奴隷商人エドマンがいた。
獣人ガルルガが、サナロアに傷を負わせたと聞いたから、怒りに燃えていた。
信頼できるタタもいた。傭兵団もいたし、数では圧倒的有利だった。
ただ、あの魔獣化は理解を超えていた。どちらにせよ、逃げるなんて選択肢はなかった。
「傭兵団とはいえ、自分の部下になった仲間を、レンドルは守った。しかも、レイナダの赤雷で、一度死にかけたんだろ? ノックスは、いつまでも包帯を巻いておくわけにはいかないと、気が付いたんだろうな。何かを感じたのかもな」
レンドルが意図したわけじゃないが、ノックス大隊長の心変わりがあったようだ。
ただ、ベックの言う通りなのかは、正直わからない。
「――それだけで、変わった?」
「レンドルと入れ違いだが、俺もあの場に招集されたんだよ。傭兵団の連中から事情をノックスは聞いた。お前のことを、ずっと誇らしげに話していたよ。この戦場で、赤髪のレンドルに出会えたことが、最大の稼ぎだ、ってな」
確かに、今のノックスの目には、前よりも力強さがあるように見えた。
「顔の傷を隠すのではなく、包帯を外すことを選んだ。言い訳にするのが、恥ずかしくなった、そんなところだろう」
隣にいるサナロアも静かに聞いていた。彼女は時折頷いていた。
そんな雑談をしていたが、随分と時間が経ったようだった。
「遅い。往復で三十分もあれば充分だと聞いていたが」
ノックス大隊長が呟くのが聞こえた。怪訝な顔だ。
「先鋒隊からの伝令も、まだ戻ってきません」
側近の騎士が答える。
マクネスを含めた先鋒隊が地下坑道に入ってから、どれくらい経ったか。
伝令が戻らないのは、非常事態が起きているからかもしれない。
「タタが戻れない状況なんて、あるのか?」
レンドルは、灰兎族のタタに信頼を寄せている。
そんな状況を、レンドル自身が容易には想像できなかった。
「坑道が崩れたのか。坑道内に罠が仕掛けられていた。坑道を出た先にルベリア兵の伏兵がいた」
そう言ったサナロアが、自分で言葉を否定するように嫌な顔をして、首を振る。
レンドルの心臓は、まだ落ち着いている。
地下坑道へ続く地下通路は、全部で三つあるが、そのうちの一つは、最初の戦いで塞がれている。
サンガードとルベリアが、残りの二つをそれぞれ使うことになった。
まず地下坑道の先が外に繋がっているかを確認する偵察隊と、案内役のマクネスが入った。
それからノックス大隊が坑道に進む手はずだった。
黄金蛇鱗騎士団は、すべて皇国側の隊に、ばらばらに組み込まれた。
両手は背中側に回され縄で縛られている。囚人さながらの扱いだ。
連絡兵が戻らないということは、坑道内で何かあったということだ。
道の途中で、何回かに分かれて、連絡兵が戻ってくるはずだ。
マクネスは、坑道は一本道で迷うことがないと言っていた。
屍人がいた場合でも、戦える戦力で向かった。
ノックス隊にいる風魔法の使い手が、坑道は確かに外に繋がっていると、話すのが聞こえた。
風の通り道を感じているとも。魔法とはとにかく便利だ。
その時だった。
レンドルは、言い知れぬ不安に駆られた。
なぜか、不穏な気配を感じ取ったのだ。
肌がチリチリとして、悪寒が走る。
このコルタナ要塞で、時折感じていたものが、今は色濃くわかる――冷気。
「なんだか寒くなってきたな」
サナロアの口から、僅かに白い吐息が漏れた。
そして、精霊の囁き声が、はっきりと聞こえた。
〝ねえねえ こわいこわい おおかみがいるよ〟




