表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第3章 碧眼の狼と精霊
111/113

第103話 ルベリアの罠 1 ―― 包帯の理由

 コルタナ要塞の中央にある建物の裏手に、地下坑道へ続く道がある。

 死者たちに囲まれたこの要塞から脱出する唯一の道だ。


 レンドルの小隊は、ノックス大隊に編成されていた。

 今は、その地下坑道の入り口の前で待機していた。


 空を見上げると、一面が灰色に覆われている。太陽の光は全て遮られていた。

 時折遠くで稲光が走り、しばらくしてから雷鳴が聞こえる。


 それでも、近くに雷が落ちることもあった。

 金属製の鎧を着ていると、自分たちに落ちてこないか、不安になった。

 そのたびに、周囲の兵士が苦笑いをしていた。


 雨はいつの間にか弱まり、鎧を打ち付ける音は小さな水音へと変わる。

 足元のところどころ割れた石畳には、水たまりができていた。


 城壁通路で監視にあたっていた兵士たちからの連絡は予想通りだった。

 要塞の正門周辺には、屍人や骸骨が(うごめ)いている。

 その数は、千どころではない。やはり、地下坑道を抜けるしか選択肢はない。


 先鋒隊は、すでに地下坑道に入っている。ルベリアの騎士マクネスが案内役だ。

 問題がなければ、ノックス隊が第一陣となり地下坑道を抜けていく。


 何もないはずだが、敵の副団長をそのまま信用できるほど、皇国は寝ぼけてはいない。

 黄金騎士不在の隙を突こうとして、要塞に攻め込んだが、逆に罠に嵌められ、痛い目を見たばかりだ。


 傭兵のタタが先鋒隊に加わっている。耳も鼻も利くという理由だ。

 それに、彼の戦闘技術、洞察力も確かなもので、まさに腕を買われたのだ。

 追加料金の上乗せがあると紋章官に言われて、彼は何の迷いもなく承諾した。


 その灰兎族のタタを指名したのがノックスだ。

 そのノックスを見ると、顔に巻かれていた包帯は取れていた。


 包帯を取っただけじゃない。

 なぜか、あの男の雰囲気そのものが変わったように思える。


 その顔には随分と傷跡が残っている。最近ついた傷跡には見えなかった。

 喧嘩屋ベックが殴りつけたというが、どうみても切り傷にしか見えない。


 今、その喧嘩屋はレンドルの隣にいた。

 彼もレンドル部隊に編成され、副官補佐となった。自ら志願したらしい。

 先ほどまでサナロアと何か話していたが、真剣な表情だった。


「なあベック、副官補佐ってなんだ?」


 レンドルは正直なところ、副官と副官補佐の違いはわかっていない。

 こういう指揮系統の話も、騎士院を出ていないレンドルには、悩みの種だった。


「俺は準騎士だから指揮権のある隊長や副隊長にはなれない。まあ、任命されれば、代行として指揮を執ることはできなくもないが」


 階級や役職によって、命令権の引き継ぎ方が決まっているらしい。

 だが、代行として任命されさえすれば、指揮を執ることもできるということだな。


 レンドルは黄金騎士と戦い意識を失ったあと、副官のサナロアが部隊を動かしていた。

 救護室で騎士団長と話をしていたと言っていたから、そこで代行するよう任命されたのだろう。


「副官のサナロアは、サンガードに戻ったら部隊を離れるんだろ? 俺はその間の代役ってわけだ。部隊運営や書類仕事を隊長の代わりにやるのさ。だから、レンドルは意思決定をしてくれればいい」


 そう言って、白い歯を見せて笑う。


 何となくわかった。副官のいない自分の部隊は、まともに活動ができない。

 グリフォート騎士団長も、ノックス大隊長もわかっていた。

 だから経験豊富なベックが来たのだ。


「お前のようなおもしろいやつと一緒にいる方が、屍人相手の戦場なんぞよりも、ずっといいからな」


 ただ単に、退屈しのぎで来たのかもしれない。


「なあ、ノックス大隊長の、あの包帯の下の傷はベックが?」


「いや、切り傷は俺じゃない」


 ベック以外にもやられたということか。


「あいつの切り傷は以前、剣牙族につけられたものだ」


 また、か。また剣牙族か。


 しかし、あんな切り傷を負うなんて、一体なにがあったのか。

 サンガードの騎士を、そんな目に遭わせるなんて、怖いもの知らずの連中だ。


 だが、魔獣化したガルルガのことを考えると、誰であろうと構わない。

 そういう種族なのかもしれない。


「ノックスが小隊の副隊長になったばかりだったころの話だ。ある時、部下を置いて逃げた。俺が殴った理由は、それだけだ」


 そう言ってベックは、悲し気な笑みを浮かべた。


「騎士院を出たばかりの未熟な若造が、剣牙族の安い挑発に乗った。港の酒場でな。仲裁に入ったノックスが、剣牙族に顔を切り刻まれた」


 戦場で見る喧嘩屋の顔とは違う。静かな怒りが見える、大人の顔だ。


「自分たちの国の中で、いいところの出の騎士が風を切って生きてきた。ところが、よく分からない獣人にそんな目に遭わされたら、まあ、逃げてもおかしくない。だが、残された若造は、噛まれた傷がもとで、命を落とした。あの時、ジュカがいたら助かったのかもしれないな」


 ベックが右腕を、レンドルに向ける。

 ルベリアの冒険者、鎮魂の風のフェザインに切り落とされた拳が、綺麗に接合されていた。


 それを見せながら、聖霊語りのジュカのことを賞賛し、感謝している。

 同時に、昔の傷跡は消せないらしいんだと、そう呟いた。

 ジュカの治癒魔法は、傷を癒すもので、傷跡を消すものじゃないと、教えてもらったらしい。


「それじゃあ、ベックが剣牙族の牙を折ったのは――」


「そいつが、騎士を噛み殺したとあざけ笑ったからな。牙を折ってやった」


 ベックの右拳が、力強く握られる。


「それが理由で、デーン王国で賞金を懸けられ、間抜け面(フェザイン)に暗殺されそうになったってわけだ」


 その拳を開き、両手を広げる。やれやれと、ため息をついた。

 そして、ベックはノックスの背中から視線を落とす。


「この要塞での戦いの前に、隊長になったノックスが部下の前で言ったんだ。昔、安い挑発に乗って死んだ騎士がいると。無様な死に方だけはするな、とな」


「死んだ新米を、安い挑発に乗ったやつが悪い、そう言ったから殴った。もちろん挑発に乗った若い騎士に問題はあった。だが、逃げた副隊長が言っていい言葉じゃない。それを言い訳に生きていたら、本当に必要な者たちは誰もついてはこない」


 誰だって死にたくないものだ。

 ノックスが逃げたことも、ベックが殴ったことも、どちらも間違っているとは言い切れない。

 何とも後味の悪い話だ。何が正しいかなんてわからない。


「俺が酒場に駆けつけたときは、まだ死んでなかった。かすかに息があったんだ。見殺しにしたも同然だ」


 ベックの言葉が、レンドルの胸に深く沈んでいく。


 ただの喧嘩屋じゃない。一体この男は何者なのだろう。

 騎士院を出ていない準騎士ということは、叩き上げの戦士のはずだ。

 冒険者だったのか傭兵だったのか――遍歴の騎士か。


「引き込まれる話が耳に残るよ。それに、隊長になった自分を何故か重ねて聞いてしまうんだ」


 ベックが白い歯を見せた。素直に喜んでいるようだ。


「ただ、古傷に包帯を巻いていたのは、何となくわかるんだが、外したのはなんでだ」


「そりゃ、お前のせいだからだろ」


 全くわからなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ