第102話 二人だけの合図
レンドルは、兵士たちが雑魚寝していた場所で、簡単な朝食を済ませた。
要塞の食料は破棄されるため、朝食にしては量が多かった。
硬いパンを温かいスープでふやかし、干し肉と一緒に喉へ流し込む。
果物も用意されているのが、兵士たちの笑顔を作っていた。
レンドルの好きなレモン水まであった。
塩味の干し肉と、酸味のあるレモン水の組み合わせは、レンドルにとって絶妙だ。
そして、兵士たちには酒も用意されている。
少量だが、ルベリアに勝利したことへの振る舞いだった。
コルタナ要塞の中層回廊には、小さな部屋がいくつもある。
そのうちの一室は、レンドル隊の副官サナロアの執務室だ。
隣の一室は副官付きの衛兵の部屋になっている。
木製の扉は、屍人を燃やすために使われた。
扉がないため、覗くまでもなく中の様子がわかった。
今は誰もいない。
レンドルは朝食の後、サナロアに割り当てられたその一室、執務室を訪れた。
この部屋には扉もあり、鍵もある。
扉を二度、軽くノックしてから、少し間を開けて一度叩く。最後の一回は、力んで叩いてしまった。
返事はない。少し待っていてくれと言われていたので、そのまま扉の前に立つ。
力んで叩いた拳には、まだじんと痺れが残っていた。
やがて、扉が開く。中からサナロアがレンドルを迎え入れた。
レンドルは扉の鍵を閉めたとたんに、サナロアに抱きつく。
「部屋に入ってきてそうそう、抱きつくなんて、随分と甘えん坊になったな」
その声には、嫌がる様子など少しもない。むしろ優しく包み込むようだった。
――愛おしい。
「俺が甘えん坊になったのは、サナロアのせいだ」
ルベリアの元貴族、アーデンから聞いた話が頭から離れない。
皇妃フィリネアリの出自が壮絶過ぎた。
そして、グリフォート騎士団長の言った言葉も、ずっと胸を締め付ける。
ラクアを暗殺する、と。
「指揮官たちに呼ばれていたな。何か、あったのか?」
サナロアが、レンドルの胸元に額をこすり付けながら尋ねた。
レンドルは、何も言えずに、ただサナロアの背中を抱きしめ返す。
「何でもない。ただ、少しだけ、こうしていたい」
「まったく、困った隊長だ」
おそらく、何かあったと思っている。
でも、彼女はそれ以上聞かない。
ただ、受け入れてくれる。
やれやれといった様子で、サナロアが顔を上げた。
その微笑む口元に、レンドルの視線は吸い寄せられる。
そして視線を上げると、彼女の鮮やかな青い瞳の中に、自分の姿が映っている。
薄く紅が塗られた唇に、自然と自分の唇を重ねた。
ほんの少し、離れた唇に再び唇を重ねる。
離れた、と思ったのは一瞬だった。
身体が傾き、ベッドの縁に膝裏が触れる。
指が、シーツを掴んだ。




