番外編 ファレン ―― 背中を守る相棒
酒場には何十名もの冒険者が集まっていた。ファレンも顔なじみの冒険者に手を上げて挨拶を交わす。
ファレンはそこで小さく息を吐いた。
確認しておきたいことがあった。エングラムに向かって声を上げた。
「騎士エングラム! 北方大陸の貴族が、わざわざこの大陸に来てまで、どうしてアドラス退治をするんだ」
ファレンの言葉に冒険者たちが、真剣な顔になる。
「カーミオン家は、サンガードの重要な貿易相手だ。大きな商会でもある。その商隊が、ゴド王国付近の街道でアドラスに襲われたのだ。カーミオン家は船団を組み、すでにこの地に騎士百余名と兵士数百名を率いて来ている。我らと協力して、アドラスを討伐することになったのだ」
他国の騎士が、堂々とこの国に入り、手を組むなんて、考えもつかなかった。
よほどサンガードとカーミオン家の仲が良いのか。それとも、他に理由があるのか。
ファレンは、つい先日まで護衛していた商人から聞いた話を思い出す。
アドラスは略奪し、捕まえた人間や獣人を奴隷として売り払っている。
サンガードの港から船に乗せられ、海を渡ってアステ・ガルズへ送られる。
奴隷の売り先が、そのカーミオン家だとも聞いた。
この地に戻ってこられる奴隷なんて、いるわけがない。
奴隷が終わるころ、いったい幾つになっているというのだ。
もし解放されたとして、故郷までの船代をどうやって用意する。
いや、そもそも奴隷に終わりがあるのか――。
「その商隊に、カーミオン家当主の孫がいたが、人質に取られたのだ!」
羽根突き帽子の商人が、どよめく酒場に、さらに大声で叫んだ。
「アドラスを討伐するか、あるいは孫の救出に成功すれば、魔法の武具も下賜されるぞ!」
とんでもない話だった。魔法の武具と言えば、伝説のエルザリア魔法公国の遺物だ。
売れば、一財産築くことができるだろう。
その言葉に、周りの冒険者たちが色めき立った。
「よし! 俺はザッサだ! 参戦するぞ!」
それを皮切りに、我も、俺もと続いた。
専用に用意された受付窓口に殺到する。
あの加護持ちの男は参戦することに決めたようだ。
商人ギルドは、金さえ払えば、やましい商売でも大抵は許可する。
奴隷の輸出も禁止されていない。必要な金を納めれば、港から堂々と船に乗せて運び出せる。
それを払わずに運べば密輸になるが、見つかったところで、結局は金で片がつくことも多い。
大盗賊ともなれば、自前の船くらい持っているだろう。
港の停泊料と必要な金さえ払えば、あとは自由だ。
皇国は奴隷を禁止していない。奴隷も貿易品の一つとして扱われている。
この国はまだまともな方らしいが、それでも奴隷制度だけは受け入れられない。
知り合いの冒険者も、依頼を立て続けに失敗した末に、奴隷へと落ちた。
奴隷商人は、戦闘奴隷が手に入ったと喜んでいた。
本当に反吐が出るような商売だ。
それを許しているサンガード王も、同じだ。
周辺国を軒並み制圧し、皇帝になるつもりらしいが、いつか足元をすくわれるだろう。
「黒髪のファレン、お前はどうするんだ。何か気になることでもあるのか?」
巨大な戦斧を持つザッサが、酒場を震わすような大声で呼んだ。
ファレンは迷っていた。
「知り合いから聞いた話じゃ、ルベリアの山間に盗賊の砦が見つかったそうだ。近隣の村は支配下に置かれている」
「そこまで遠征か、少し遠いようだが。ああ、つまり――」
ついこの間、ガバトの街がアドラスに占拠され、あらゆるものが略奪された。
噂では、盗賊団の兵力は三百を超えるとも言われている。
騎士崩れに、金に困った魔法使い。多種多様な種族の兵をまとめ上げている大盗賊アドラスは、一体どれほどの男なのだろう。
「アドラスには十分な準備時間が与えられるってことだ。兵糧攻めにしても、砦にどれだけ蓄えがあるのかわからない」
「こちらの状況は筒抜けになる。長引けば長引くほど、こちらの士気は下がる一方か」
洞窟を拠点にするような野盗とは、質も量も違う。
相手は砦に籠もっている。攻城戦さながらの戦いになる。
「仮に千人規模の討伐隊になったとしても、通路は狭いだろうし一度に突入できる人数は限られる。有利な地点で守りを固めているはずだ」
「そうだな。死体が積み重なれば、さらに狭くなるわけか」
「砦なら、逃走用の抜け道も用意しているだろう。討伐は難しいぞ。人質を救出しようにも、劣勢になればすぐにでも――」
「人質は殺される。……あの報酬は、撒き餌か。俺はまんまと食いついたわけだな」
そう言って、ザッサは自嘲気味に笑った。
「そうだな。だが、俺も食いつくことにするさ」
本業の魔獣退治もいいが、これほどの大金を手にできる機会など滅多にない。
銀貨十枚だけでも十分に魅力的だった。
東の大陸には、神聖ヴォルテニア帝国がある。
この国では奴隷の売買が禁じられている。
その影響もあってか、カーミオン家は近頃、奴隷よりも、北方大陸で次々と開発される性能の良いポーションを扱う真っ当な商売に力を入れ始めていた。
神聖帝国との取引を考えるなら、奴隷商売など足枷にしかならない。
それだけではない。神聖帝国は奴隷制度そのものに強い忌避感を持っているらしく、いつ船団を送り込んで来るとも知れない。
東の大陸を統一した大国だ。戦力も相当なものだろう。
それを口実に、いつ仕掛けてきてもおかしくない。
それでカーミオン家は、アドラスとの奴隷取引を打ち切った。
その報復として商隊を襲われ、孫まで人質に取られた、そんなところだ。
今回の討伐依頼は、いわば報復への報復――というところか。
商人と付き合っていると、本当に色々な情報が集まる。
情報料も馬鹿にならないが、その分、情報に価値を見出す商人から、指名依頼が舞い込むこともある。
腕っぷし自慢だけでなく、頭も使える冒険者だと評価されるからだ。
「盗賊は三百を超えるかもしれない。ザッサも、背中を守れる奴を見つけたほうがいい」
街を制圧した兵力から考えれば、実際はもっと多い可能性もある。
ファレンはそう呟くと、冒険者ギルドの受付に並んだ。
「小国の戦争のような規模だな。盗賊大戦争といったところか」
ザッサはファレンの肩を大きく叩いた。
棍棒で殴られでもしない限り、こんな痛みはないはずだ。思わず声が出た。
「なら、俺の背中を頼むぜ、相棒」
「相棒ってなんだよ」
ザッサの大きな右手が、ファレンの肩をさらに叩いた。痛みで、さらに声が漏れる。
「これも何かの縁だ。たまたま横にいた黒髪に話しかけたら、色々と知っていた。情報を集めるのに苦労しなくて済む」
単独活動の多かったファレンは、仲間が欲しかった。
危険の多い冒険者稼業だ。一人での活動には、そろそろ限界を感じていた。
しかも、この男は加護持ちだろう。背中を預ける相手としては申し分ない。
「タダじゃないんだぜ、情報料を払えよ?」
「仲間から金をとるのか? なら、今日の晩飯は俺の奢りだ」
「……まあいい。それから、俺は今日で二十歳になる。蜂蜜酒もつけてくれよ」
「いいぞ。ファレンは、そのあとは娼館か?」
「俺にも、そんな金はない」
ザッサは口を開けて笑った。
まさか、娼館通いで金がないと思われてないか。
言い直すのも、なんだか面倒だったので、そのままにすることにした。
アドラスは国を起こし、大陸を征服しようという野望を持っているらしい。
そんな話を題材にした吟遊詩人の歌も、酒場では人気だった。
名のある戦士を討てば、その歌に自分の名が加わり、新たな物語として歌われるかもしれない。
アドラスの盗賊団は、この大陸のあぶれ者たちの巣窟だ。
悪党どもの吹き溜まりであることは間違いない。
名を売るにも、力を示すにも、これほどの機会はないだろう。
酒場に湿気た風が吹き込んできた。
ファレンの黒髪が、静かに揺れた。




