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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第3章 碧眼の狼と精霊
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番外編 ファレン ―― 両刃の戦斧を持つ男

 雨上がりの湿気た風が吹き込む酒場に、けたたましい喧騒が響いた。

 窓の外は茜色に染まり、西の山並みを遠くに望むことができた。


 酒場の中ではランプや燭台が灯され始め、仕事帰りの冒険者たちも次々と戻って来ていた。

 ファレンは武具の修理が終わり、食事をしに立ち寄ったところだった。


 ここは冒険者ギルドに併設された酒場で、とにかく安く飯が食えると評判だった。

 味はそれなりだが、こればかりは仕方がない。


 適当な席に腰を下ろそうとすると、目の前のテーブルに男が進み出て、大声を上げた。


「聞いてくれ! 諸君らに耳寄りな話だ!」


 テーブルの上に立ったのは、豪奢な羽根突き帽子を被った商人だった。

 その傍らでは、従者らしき者たちが、見慣れない紋章の旗を広げている。


 翼を広げた(ふくろう)をあしらった紋章だった。

 見たこともない旗だ。この領どころか、この国の者でもない。

 どうやら、商会はどこか有力者の後ろ盾がいるようだ。


「盗賊退治だ。我こそはと名を上げる機会だ!」


 遠くまでよく通る声が、酒場に行き渡る。


「北方大陸アステ・ガルズの大貴族、カーミオン家の討伐依頼である!」


 あの旗は、カーミオン家の御旗(みはた)か。

 北方大陸のこの貴族の名を、最近よく聞くようになった。


 各地の有力な貴族に接近していると、商人たちの間で噂になっていた。


「こたびは、一族と、その商会の威信をかけての依頼だ。功績に応じて銀貨十枚は出すぞ! 名のある戦士の首をとれば、その五倍、十倍と出す! さあ我こそはと思う者は、台帳に名を記すがいい!」


 銀貨十枚とは豪儀だ。まともな冒険者なら一年分の稼ぎになる額だ。

 まして、修理代や旅費を差し引いても一年分の稼ぎに届くような報酬など、まずあり得ない。

 そんな大金を手にできる機会など、戦争に従軍してもまずないが、どうやら訳ありのようだ。


 ファレンは商人たちから、興味深い話を聞いていた。

 だから、何となく心当たりがあった。

 様子を見ながら、まずは話を聞いてみることにした。


 普段なら盗賊退治なんて、熟練した冒険者も敬遠するような、まともじゃない仕事だ。

 《盗賊退治》と聞いた時点で、とっくに興味をなくしているだろう。


 護衛依頼と違って、戦闘になる可能性が極めて高いからだ。命あっての商売だ。

 普通は騎士団が討伐隊を組み、冒険者はその補助として駆り出されるものだ。


 それに、《名のある戦士の首》ときた。

 相手には、名の知れた手練れが少なからずいるということだ。


 騒ぎを聞きつけて、冒険者連中が集まってくる。

 この街名物の、大酒場らしい賑わいになってきた。


「参加するだけでも、銀貨三枚を出すぞ!」


 随分と羽振りがいい、と酒場の連中も感心している。

 遠征費用込みだろうが、それでも破格だ。


 それだけあれば、最近できたばかりの冒険者保険の掛け金にも十分回せる。

 いざという時には遺族に金が渡り、加入者は契約治癒士の治療を優先して受けられる。

 知恵の回るやつが、面白い制度を考えたものだ。


 大怪我からの回復には、莫大な金がかかるし、冒険者保険は危険な依頼と相性がいい。

 怪我をしなければ捨て金になるが、こういう依頼なら大抵怪我をする。


 緑の外套を纏う騎士が、さらにテーブルの上に立った。

 この地を治めるサザンランド公爵家の騎士だ。

 二頭の騎獣をあしらった、白と黄色の意匠が施されている。


「俺はエングラム! 領騎士の代表としてここにいる。功を立てた者には、公爵領の騎士となる好機を与えよう!」


 歓声が上がる。冒険者ギルドがこんなにも騒がしくなったのは久しぶりかもしれない。


 領騎士になるには、相当な実績が必要だ。

 ただの冒険者や傭兵が、この地で騎士になれる機会など滅多にない。


 剣術試合で実績を積む。

 声がかかり、名のある貴族の手先となって働き、信用を得る。


 それだけじゃない。

 身なりも、武具もそれなりに揃っていないと、まず見向きもされない。


 ただ戦いの腕がいいだけでは、声すらかからないのだ。

 そして、賞金のかかった魔獣や盗賊を、その貴族の名のもとに討伐する。


 手柄を立てるにも順序が必要だ。

 名のある貴族の援助を受け、その名のもとで戦い、勝つ。

 そうすれば、本人の実績になるだけではない。

 あの者を見出した貴族には見る目があった、と評判にもなる。

 そうやって有力者との繋がりを作っていくのだ。


 そして、ようやく公爵へと紹介してもらえる可能性が生まれる。


「盗賊は、どこの、だれなんだ!?」


 盛り上がる酒場から、声が飛ぶ。


「ルベリア王国周辺に現れる盗賊団だ。相手は大盗賊、断腱のアドラスだ!」


 酒場にどよめきが、ざわめきとなって広がる。


「おお! いよいよアドラス退治をやるのか!」


「断腱のアドラスだと!? 騎士団も退くほどの相手だぞ」


「危険だ、危険だ。領騎士どころじゃない、死ぬぞ」


「まあ、大金が手に入るならいいか」


 思い思いの声が飛び交う。

 それもそのはずだ。このアドラスという男は、ただの盗賊ではないからだ。


 酒場の床板が軋む音が、背後から聞こえる。


「なあ、黒髪のあんた。知ってるか、断腱のアドラスってやつを」


 見上げるほどの巨躯に、巨大な戦斧を携えた男が横に立ち、声をかけてきた。

 金属製の鎧の隙間から覗く腕には、鍛え上げられた筋肉が隆起している。

 どうやら人族に間違いないが、背丈がかなり大きい。分厚い体が何よりも頑丈そうだ。


「おっと、俺はザッサだ。黒髪のあんたは、ここの冒険者か?」


「ああ、そうだ。俺はファレン。すごいな、鋼のような筋肉だ。初めて見る顔だが、どこから来た?」


「王都サンガードから来た。落ちぶれた貴族の倅だよ。どうしても金が必要なんだ」


 ザッサはそう言って、戦斧を担ぎ直す。

 戦斧に刻まれた紋章が削られている。没落貴族ということか。


 ずしりとした、重量感のある両刃の斧。使い込まれて鈍い光を放っている。手入れは行き届いているようだ。

 これを振るえるなら、きっと加護持ちだろう。

 相当な身体強化魔法が扱える。羨ましい限りだ。

 対峙する敵にとっては、災厄に等しい。武器も鎧も、盾も容易く両断されるだろうから。


「アドラスは、始まりの開拓団の一員だ。伝説のエルフたちの一人だ」


「おお、あのエルフ達のか。そんな奴が盗賊に身を落とすなんてことがあるんだな」


「ユグの森の中の権力争いに負けたらしいが、今は盗賊たちの首領だ」


 王都周辺は比較的安全だ。ザッサがアドラスの名を知らなくても不思議ではない。

 ザッサは静かに耳を傾けていた。


「ザッサは、なんで金が必要なんだ?」


「娼館通いは、俺の趣味でな」


 冗談ではないらしい。真剣な顔を見るかぎり、本気で言っているようだった。


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