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銀と氷のジークリンデ【リメイク版】  作者: 四十早
第3章 碧眼の狼と精霊
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第99話 嵐の朝に 4 ―― 雷は二度落ちる

「……ンドル、レンドル!」


 名前を呼ばれているのか、声が聞こえた。


「レンドル! おい!」


 腕を掴まれた。


「やめろ! 魔力が溢れ出てるぞ、何のつもりだ!」


 目の前にはブルードがいた。この男に腕をがっちりと掴まれている。

 あちこちを見回すと、今にも剣を抜きそうな、銀色に輝く魔力を纏う上級騎士たちが、自分を取り囲んでいる。


「落ち着け。どうした」


 ――どうした、だと。こいつは、一体何を言っている。お前のせいだ。すべて、お前のせいだ。


「いきなりだぞ。とんでもない魔力を解き放って」


 ――この男の声が、息づかいが肌に触れるだけで、全身の血が殺意に沸騰する。


「そうか、お前はラクアに命を狙われたんだったな。それで高ぶっているのか」


 ――違う。お前だ。お前たちのせいだ。この、目の前に立つ男の。


「その殺意はとっておけ」


 ――今すぐにでも、殺してやる。


「だが、誰の剣が届くかわからん。恨むなよ」


 ――掴まれた腕を振り払い、その首を刎ね飛ばしてやる。


 ――必ず、殺す。


 ――殺す。


 レンドルが、大きく息を吸い込み、そして短く吐き出したとき、騎士団長の声が届いた。


「副官のサナロアはお前に必要だな。なだめるやつがおらんと、歯止めが利きそうにない」


 右手が無意識のうちに剣の柄に向かっていたことに気づく。


 そうだ。


 また、サナロアを泣かせてしまうところだった。


 そう思ったとたんに、レンドルは急に力が抜け、魔力が収まっていく。

 抑えきれなかった昏い衝動が、嘘のように引いていく。


 昨夜、彼女とともに生きると誓った。だから、これ以上失うわけにはいかない。


 例え、目の前にいる男が、家族に手を掛けていたとしても。

 それでも今は耐えなければならない。


 だから、誰もいないところで、誰にも見られずに、必ずこの男に刃を立てる――。


「……すみません。気持ちが、抑えきれなくなって」


 ブルードはレンドルの腕から手を離した。

 魔力も引いて、もう大丈夫だと判断したのだろう。

 掴まれていた腕が痛い。こんな痛みでは済まないはずなのに。


「無理もないな。殺したくなるのも当然だ」


 ああ、本当にその言葉通りだ。

 殺したくなるのも、当然だ。

 こめかみや首筋が硬直する。


 ブルードの言葉が胸に染みて苦しい。

 冷たい毒が身体の奥底をじわじわと蝕んでいくようだった。

 肌に触れる湿気(しけ)た空気が、この男の声とあいまって、あまりにも不快で仕方がない。


 だけど、今じゃない。

 皇妃に人質に取られた妹を、助け出さなければならない。


 父ならどうするだろうか。

 この激情に身をゆだねたりは、絶対にしないはずだ。


 きっと、冷静に、冷徹に、最善の策を選び行動する。

 確実に、それを実行する。


 思い出すんだ。父の教え、言葉一つ一つを、あの深い思考を、その全てを。


「ふう、話を戻そう」


 騎士団長のその言葉に、副団長のエングラムが鞘から手を離した。

 レンドルを、じっと睨みつけたまま、口を開いた。


「ルベリア王女ではない。つまり、その証拠が見つかった、ということですか」


 エングラムの体が、騎士団長に向き直る。


「そうだ。皇妃フィリネアリは、元はゴド王国の商人の娘だった。ある時、ルベリア王国の貴族の情婦になった。そして、ルベリア王の娘として、現れた」


「にわかには信じがたい話ですが、団長はその情報をどこから?」


 グリフォート騎士団長は、壁際に立つノックスに顔を向ける。


「ルベリア王国の、その貴族本人からだ。この要塞の地下牢に投獄されていた。今、ここに連れてきている」


 ノックス大隊長の傍らで、だらしなく椅子にもたれていた男がゆっくりと立ち上がった。

 ふらつく足元、杖で体を支えていた。


 やせ細った男だ。ランプや燭台があるとはいえ、窓を閉めたこの部屋は、何となく暗い。

 その薄暗い闇の中でも、この男の肌の尋常でないくすみが際立っている。


 顔も首も、手も、完全に血の気は失われている。

 陽の当たらぬ地下牢で、満足な食事も得られなかったせいか。

 土気色という言葉があまりにも合う。

 ただ、そのくぼんだ眼光の奥には、油断ない鋭い光が宿っている。


 痩せ男は、一歩、また一歩と進み出る。杖を突く音が、石畳にカツン、カツンと乾いて響く。


 (うるわ)しい貴族の外套を羽織ってはいるが、やせ細った体には全く合っていない。

 急遽この場に引きずり出すため、あてがわれたものなのか。それとも、自ら貴族だと主張するため用意させたのか。


「私は、ルベリア王国の貴族アーデン・ヴィガス。いや、元だな。卿らが知らぬことを私は知っている。今からそれを話そう。――そういう約束だ」


 ひどくかすれた声だ。なぜか、耳が聞くのを拒もうとする。これも精霊の仕業なのだろうか。

 それとも、この男から発せられる何かがそうさせているのだろうか。


 アーデンは一呼吸置いた後、話を始めた。


「サンガードの皇妃フィリネアリは、ルベリアの王女ではない」


 たしか団長が、そう言っていた。何となく耳に残っている。

 サンガード皇国とルベリア王国は、サンブラント皇帝陛下と、ルベリア王女フィリネアリとの成婚によって、同盟が結ばれた。


 そして、皇帝が暗殺されたあと、その同盟は破棄された。皇妃が宣言したのだ。


 だが、王女でないと言うなら、何者なんだ、あの女は。

 サンブラント皇帝陛下は、それを知らずして結婚したのだろうか。


 アーデンが、値踏みするようにあたりを見回している。

 その鋭い視線が、レンドルの顔を捉える。目線が合う。


「その耳、少し尖っているな。ふん。そこの赤髪と同じだ。――あの女はエルフの混血だ」


 レイナダの赤雷が、また落ちたような衝撃だった。


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