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毒花令嬢は二度目の人生で復讐を選ばない  作者: 黒豆子犬
4章 新しい花

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第79話 前世への手紙

冬の夜だった。


官舎の自室で、机に向かっている。


暖炉の火が低く燃えている。カミラはもう寝た。


処方箋集の書き写し作業を終え、ノートを閉じた。


窓の外に、雪が降り始めていた。今年最初の雪だ。


白い粒が、音もなく落ちていく。


ペンを取った。


新しい紙を出した。


書き始めた。


---


『前世の私へ。


もう名前も思い出せないあなたへ、手紙を書きます。


あなたは二十一歳で処刑台に立ちました。


父に渡された瓶を王妃の部屋に置いただけ。それが何なのか知らされもしないまま。毒だと気づいたときには、もう遅かった。


裁判は形だけでした。弁護人はいなかった。証言台にはあなたを陥れるための人間しか立たなかった。ケッテラーが金で買収した王妃付きの侍女ベティが「リゼットが深夜に王妃の私室に入るのを見た」と嘘をついた。あなたは否定したけど、誰も信じなかった。


処刑台の下で、ジークフリートが笑っていた。


あのとき、あなたは全てを諦めたのだと思います。


私がこちらに来てから、分かったことがたくさんあります。


ジークフリートが笑っていたのは、嘲笑ではなかった。宮廷で追い詰められた人間が、感情を殺した結果の引きつった笑みだった。あの人もまた、あなたを救えなかった自分に耐えられなかっただけだった。


今世ではカミラの行動記録があったから、ベティの偽証は成立しなかった。ベティは、令嬢ネットワークを通じて借金を肩代わりしてもらい、早い段階で味方についていた。ケッテラーの手駒が既に寝返っていたことすら、奴は気づいていなかった。


父は、悪い人間でした。でも、母を愛さなかったわけではなかった。愛し方が壊れていただけだった。母は、薬師の家の娘で、父の毒を止めるために自分の体で実験して、死にました。私はその研究メモを見つけて、疫病の解毒法を完成させました。


あなたが知らなかったことを、私は知りました。


あなたが会えなかった人たちと、私は出会いました。


セドリック。エレノア。カミラ。マティアス。フローリア。トビアス。ダンツィヒ。ランベルト先生。王妃。


あなたが守れなかった人たちを、私は守れました。


王妃は元気です。自分の足で歩いています。


東区の三千人も、クラインフェルトの五百人も、南方の数千人も、生きています。


父は牢の中ですが、生きています。


あなたが体験した人生は、無駄ではなかった。


あなたが二十一年間で覚えた毒の知識、宮廷の構造、人の裏側の読み方。全部、使いました。あなたがいなければ、私は何もできなかった。


だから、ありがとう。


あなたは処刑されて終わった。理不尽な死でした。誰にも弁護されず、誰にも信じてもらえず。


でも、あなたの二十一年は、私の中に生きています。


あなたが覚えた痛みも、あなたが飲んだ毒も、あなたが流した涙も。全部、私の血の中にある。


毒花として生まれ、毒花として死んだあなた。


私は、薬花として、咲き直します。


あなたの分も。


さようなら。そして、ありがとう。


リゼット・ヴァレンシア

国家薬務局長

宮廷薬師

薬花の令嬢

九歳』


---


宛先は書かなかった。届ける場所がない。


暖炉の前に立った私は封筒を、火にくべた。


炎が一瞬明るくなり、灰になり、消えた。


煙が、窓の隙間から外に出ていった。


雪の夜空に溶けていった。





届かなくていい。届ける必要はない。前世の私は、もういない。


ここにいるのは、今世の私だ。


毒を知り、薬を作り、人を治す薬師。


セドリックの隣に立つ女。


カミラに紅茶を淹れてもらう、九歳の子供。


国家薬務局の、最初の局長。


ナタリアの娘。


ヴィクトルの娘でもあるけれど、ナタリアの娘だ。


窓の外の雪が、止んでいた。


雲の切れ間から、星が見えた。


明日は晴れるだろう。


ベッドに入った。


この日処刑台の夢は、もう、見なかった。

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