第78話 セドリックの告白
秋の終わりの、よく晴れた午後だった。
薬草園の手入れを終えて、ベンチに座っていた。
処方箋集の内容を書き写すノートを膝に載せ、父が残した毒物の解毒法を一つずつ整理していた。三十代分の毒。その全てに、対となる解毒法を記す作業だ。
終わるまでに、何年もかかるだろう。
だが、急ぐ必要はない。これは、一生をかけてやる仕事だ。
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足音が聞こえた。
砂利を踏む音。ゆっくりとした歩幅。
顔を上げる前に、分かっていた。
「セドリック」
「書き物か」
「うん。父の処方箋集を解毒集に書き直してる」
「一人で?」
「マティアスに手伝わせてるけど、毒の部分は自分で読まないと危ない」
セドリックが隣に座った。
少し離れて。いつもの距離だ。
だが、いつもの距離が、今日は少し近かった。
「リゼット」
「なに」
「少し話したいことがある」
ノートを閉じた。
セドリックの横顔を見た。夕方の光が当たっている。暗い紫の瞳に、金色の光が混じっていた。
「聞くよ」
セドリックが息を吸った。
吐いた。
もう一度吸った。
「……苦手だな。この手の話は」
「どの手の話」
「感情に関わる話だ」
「セドリック。あなた、いつも感情の話を数学の問題みたいに扱うよね」
「扱わない。数学の方がはるかに簡単だ」
「それは同感」
セドリックが膝の上で拳を握った。開いた。また握った。
見たことのない仕草だった。この人が緊張しているのを見るのは、珍しい。
「リゼット。俺はお前に出会ってから、世界の見え方が変わった」
「……うん」
「書庫にいた頃は全てが文字だった。毒も薬も、人の病も政治も。本の中の知識で、自分とは関係のない事柄だと思っていた」
「今は?」
「今は違う。母が苦しむのを見て、お前が薬を作るのを見て、南方の子供が笑うのを見て。知識は、使わなければ意味がないと分かった。お前が教えてくれた」
「教えたつもりはなかったけど」
「教えるつもりのない人間から学ぶことが一番多い」
セドリックが、こちらを向いた。
正面から目が合った。
暗い紫の瞳が、真っ直ぐに、私を見ていた。
「リゼット。俺はお前が好きだ」
止まった。
風が吹いた。薬草園の花が揺れた。ラベンダーの匂いが広がった。
「好き」
「ああ」
「それは同志として? 研究仲間として?」
「違う。そういう意味ではない。言い方が分からないが、お前の隣にいたい。お前が走る道を作るだけでなく隣で、一緒に走りたい。そういう意味だ」
セドリックの顔が、赤かった。
耳まで赤い。
この人がこんなに赤くなるのを、初めて見た。
「……セドリック」
「返事は——急がない。考える時間がいるなら」
「要らない」
「え」
「考える時間は要らない」
セドリックが目を見開いた。
「私もあなたの隣にいたいと思ってた。いつからかは分からない。でも南方で一緒に馬を走らせていたとき、廃鉱山の入口で待っていてくれたとき、魚の骨を笑ってくれたとき。そういう瞬間の積み重ねで気づいていた」
声が少し震えた。
「でも言えなかった。局長になったばかりだし、国中が大変な時だし、あなたは王子だし」
「王子は関係ない」
「あるよ。第二王子が毒殺者の娘を」
「俺の話を聞いていたか。俺は王位に興味がない。兄上が継ぐ。俺はお前の隣にいる。それが俺の選択だ」
「選択ね」
「ああ。選択だ。強制ではなく、義務でもなく。俺が選ぶ」
薬草園に、風が吹いた。
秋の風。少し冷たい。だが、心地よかった。
「……ありがとう。セドリック」
「礼は」
「要らない。知ってる」
二人とも、笑った。
カミラが薬草園の入口に立っていた。紅茶を二杯持っていた。
いつから見ていたのか分からない。
だが、表情で全てを察したらしい。
カミラが紅茶をベンチの端にそっと置き、何も言わずに戻っていった。
セドリックが紅茶を手に取った。
「……気が利きすぎるな。あの侍女は」
「カミラは、いつもそうだから」
紅茶を飲んだ。温かかった。
蜂蜜入りだった。
夕日が薬草園を染めていた。二人のベンチの影が、長く伸びていた。




