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毒花令嬢は二度目の人生で復讐を選ばない  作者: 黒豆子犬
4章 新しい花

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第77話 新しい名前

国家薬務局の開設は、式典の翌週だった。


場所は、王宮の薬草園に隣接する旧書庫棟。長年使われていなかった石造りの建物を、改装して使うことになった。


改装と言っても、大がかりなものではない。書棚を片付け、机を入れ、調合台を置いた。


初日の朝、私は建物の前に立っていた。


扉の上に、真新しい看板が掲げられている。


『国家薬務局』


シンプルな木の看板。金文字。


「お嬢様。いえ、局長殿?」


「局長殿はやめて。お嬢様でいい」


「でも公の場では」


「公の場ではそう呼んで。でもここは薬草園の隣だから。お嬢様でいい」


カミラが微笑んだ。


---


初日の仕事は、人事だった。


薬師組合からマティアスが常勤で配属された。クラインフェルトで一緒に解毒剤を作った若い薬師だ。


「リゼット殿。局長命令を受けて参りました」


「マティアス。堅苦しくしないで」


「いえ。これは公務ですので」


「では公務として言います。堅苦しくしないこと。それが最初の局長命令」


マティアスが困った顔をした。


他に、書記官が一名。連絡役の騎士が一名。そしてカミラ。


四名体制。小さな船出だった。


---


午前中は書類仕事だった。


全国の水質監視報告書。各地の解毒薬在庫量。薬師組合からの配置報告。教会配布拠点からの経過報告。


エレノアの修道院ネットワークからは、週に一度の定例報告が届く。


『北方サンクト・マリア修道院:在庫残り42本。新規発症ゼロ。住民への煮沸指導を継続中』


『東方リンデン修道院:在庫残り78本。先週の巡回で3名の未受診者を発見。投与済み』


一つ一つ目を通し、不足がある拠点には追加配布を指示した。


地味な仕事だ。だが、この地味な仕事が、誰かの命を守っている。


---


午後、薬草園に出た。


薬草の手入れをした。公務ではない。ただの、習慣だ。


エキナセアの枯れ葉を摘み、カモミールに水をやり、ラベンダーの枝を整えた。


トビアスから手紙が届いていた。クラインフェルトのダンツィヒが代筆したらしい。


『おねえちゃんへ。ぼくはげんきです。みずもおいしいです。またきてね。トビアスより』


読んで、笑った。


返事を書いた。


『トビアスへ。元気でよかった。水がおいしいのは、とても大事なこと。また行くよ。約束。リゼットより』


---


夕方、カミラと王宮の廊下を歩いていると、侍女たちのひそひそ話が聞こえた。


「あの方国家薬務局の局長だって」


「毒殺者の娘なのに?」


「でも疫病を止めたのは事実よ。八千人を死者ゼロで」


「そうね。でも、ヴァレンシアの名前は怖いわ」


「薬花の局長って呼ぶ人もいるわよ」


「薬花?」


「式典で言ったでしょう。毒花でも花は花だ、咲き方を選べると」


「あああれは良い言葉だったわ」


足を止めなかった。聞こえないふりをして通り過ぎた。


カミラが小声で言った。


「薬花ですって」


「聞こえてた」


「いい呼び名ですね」


「……うん」


毒花令嬢。それが、前世からずっと私につきまとっていた名前だ。


今世でも、クラインフェルトで「毒殺者の娘」と呼ばれた。


だが、呼び名は、変わり始めている。


薬師殿。局長殿。そして、薬花。


名前は変えられない。ヴァレンシアの姓は、一生背負う。


でも、呼ばれ方は、行動で変えられる。


父は毒花を咲かせた。


母は、毒花の反対側を作ろうとした。


私は、薬花を咲かせる。


---


夜、官舎の自室で、処方箋集を開いた。


母の手紙を読み返した。


『毒花でも構わない。花は花だから。咲き方を選べるから』


何度読んでも、泣きそうになる。


だが、泣かなかった。


手紙を閉じて、新しいノートを開いた。


国家薬務局の運営計画を書き始めた。


薬師の育成制度。毒物流通の許可制。全国水質定期検査。解毒薬の備蓄基準。地方巡回薬師の配置。


書くべきことは、山のようにある。


書き始めた。


カミラが紅茶を持ってきた。蜂蜜入り。


「お嬢様。今日はもう休みませんか」


「もう少しだけ」


「毎晩そう仰います」


「毎晩もう少しだけなんだから、嘘ではない」


カミラが何も言わずに、毛布をかけてくれた。


書き続けた。


ペンの音だけが、静かな部屋に響いていた。

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