表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毒花令嬢は二度目の人生で復讐を選ばない  作者: 黒豆子犬
4章 新しい花

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/77

第73話 汚染源の解体

シルヴァーノからクラインフェルトへの帰路は、来た時より早かった。


馬の扱いに慣れたのではない。急いでいたのだ。


廃鉱山の浄化計画を、一日でも早く始めなければ。


母の研究メモで得た知見、菌糸培養体Eを先に中和できれば、必要な解毒剤の量は大幅に減る。


アルニカの根の蒸留液がEに有効。投与量の制御が課題。


帰路の間に、処方箋集を何度も読み返した。母のメモと、父の調合記録と、グスタフの聴取で得た製造工程を突き合わせて、新しい解毒剤の処方を組み立てた。


---


クラインフェルトに着くと、王都からの物資が届いていた。


ランベルト先生の弟子が指揮を取り、薬師組合から派遣された十二名が既に作業を始めていた。


教会の広場に、巨大な作業台が組まれていた。


乳鉢、秤、蒸留器、瓶詰め台。野外の調合所だ。


「リゼット殿。お帰りなさい」


ランベルト先生の弟子の一人、マティアスが頭を下げた。


「材料は?」


「牛乳薊と甘草、活性炭は十分です。白樺茸は北方から五百キロが届く予定で、あと三日で着きます」


「白樺茸はそのまま使う。だが処方を変更する」


「変更?」


「新しい成分を加える。アルニカの根の蒸留液。菌糸培養体Eの中和に有効だと判明した」


マティアスの目が丸くなった。


「Eの中和? そんな手段が」


「ある。ただし、投与量の制御が必要。過剰投与は心毒性がある。配合比を今から詰める」


---


作業台の端に座り、処方の最終計算を行った。


アルニカの根の蒸留液を加えた新処方。


従来の処方:牛乳薊シリマリン + 活性炭 + ウラル甘草グリチルリチン + 白樺茸(ベツリン酸)


新処方:上記四成分 + アルニカ根蒸留液(Eの中和用)


配合比の調整が肝だった。


アルニカの心毒性を避けながら、Eの中和に有効な濃度を維持する。


自分の体で試した結果から逆算した。体重一キロあたり0.05ミリリットルが安全域の上限。成人なら三ミリリットル。子供なら一ミリリットル。


従来の処方では、坑道浄化に二千リットルの解毒剤が必要だった。


新処方でEを先に中和すれば、残りのA-Dは水の自然浄化能力でも分解が進む。投入量は八百リットルに減る。


八百リットル。まだ膨大だが、二千リットルの半分以下だ。


「マティアス。処方を書き出す。薬師組合の全員に配って」


「はい」


---


作業が始まった。


十二人の薬師が、一斉に動いた。


牛乳薊を砕く者。甘草を煎じる者。活性炭を計量する者。アルニカの根を蒸留する者。


私は蒸留の管理に入った。アルニカの蒸留は温度管理が繊細だ。六十度を超えると有効成分が壊れ、四十度以下では抽出が不十分になる。


「五十二度。いい。この温度を維持して」


「了解です」


カミラが横で記録を取った。蒸留量、温度変化、時間。すべてをノートに書き込んでいく。


セドリックは、鍋を運んでいた。


「何してるの」


「水を運んでいる。蒸留に大量の水が必要だと言われた」


「王子が水汲み?」


「王子でも水は汲める。手が空いているなら使え」


薬師たちが一瞬目を見合わせた。だが、すぐに仕事に戻った。


作業は三日間、朝から夜まで続いた。


---


三日目の夕方、八百リットルの解毒剤が完成した。


大樽十六個に分けて詰めた。


荷馬車四台に積んだ。


翌朝、廃鉱山へ向けて出発する。


---


出発の朝、クラインフェルトの住民が広場に集まっていた。


トビアスが走ってきた。


「おねえちゃん! 行くの?」


「行くよ。山に、お掃除しに」


「お掃除?」


「うん。水をきれいにするの」


「手伝う!」


「トビアスは小さいからここで待っていて。帰ってきたら、報告するから」


「約束!」


「約束」


三度目の約束だ。


ダンツィヒが荷馬車の先頭に立った。街の男たちが十人、手伝いに名乗り出ていた。


「薬師殿。俺たちにもできることがある。力仕事なら任せてくれ」


「……ありがとうございます」


半月前、私を「毒殺者の娘」と呼んだ人たちだ。


今は、一緒に水を浄化しに行く。


---


廃鉱山に着いたのは昼だった。


坑道の入口に、作業台を組んだ。


解毒剤を坑道に投入する手順を確認した。


坑道の最深部、水源に近い場所に、解毒剤を流し込む。


だが、坑道の奥は崩落の危険がある。全員は入れない。


「私と、マティアスと、近衛騎士一名で入る。残りは入口で待機して、樽を順次送り込んでもらう」


「俺も行く」


セドリックが言った。


「入口で」


「入口には薬師組合がいる。俺が入口にいても、薬の知識はない。中に入った方が役に立つ」


反論できなかった。


四人で坑道に入った。


---


坑道の中は暗く、冷たく、水が膝まで浸かっていた。


松明の光を頼りに、最深部へ進んだ。


水源の湧出点に着いた。岩の割れ目から、水が湧き出している。


ここが、汚染の起点だ。父が毒を流し込んだ場所。


水を汲んで試薬を落とした。濃い緑色。まだ汚染は残っている。


「ここから解毒剤を入れる」


マティアスと近衛騎士が、入口から送られてきた樽をロープで引き込んだ。


最初の樽の蓋を開けた。


解毒剤を水源に注いだ。


透明な液体が、湧水に混ざっていく。


二樽目。三樽目。四樽目。


次々と注ぎ込んだ。


作業は四時間に及んだ。


十六樽。八百リットル。すべてを水源に投入した。


---


最後の一樽を注ぎ終えた後、水を汲んで試薬を落とした。


緑色が、薄くなっていた。


完全に透明ではない。だが、明らかに変化している。


「効いてる。アルニカが効いている」


菌糸培養体Eが中和されたことで、残りの毒素の分解が始まっている。


「完全浄化には」


「数日かかる。坑道内の水が入れ替わる速度に依存する。だが一週間もすれば、流出水の汚染は検出限界以下になるはずだ」


マティアスが安堵の息を吐いた。


「すごい。本当に効いた」


「母さんのおかげだよ!」


声に出した後で、気づいた。


誰に言ったわけでもなかった。坑道の壁に反響して、消えた。


セドリックが何も言わずに、手を差し出した。


立ち上がるための手。


握った。


立ち上がった。


坑道を出た。夕日が差し込んでいた。


入口で待っていたダンツィヒと住民たちが、結果を聞いて歓声を上げた。


「終わったのか?」


「あとは水が入れ替わるのを待つだけです。一週間確認のために残りますが、見通しは良いです」


ダンツィヒが大きく息を吐いた。


「薬師殿。あんたは、本物だ」


本物。本物とは何なのか。


その言葉が、重かった。


夕焼けが山を赤く染めていた。


父の最後の毒が、消えていく。


母が見つけた道を辿って。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ