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毒花令嬢は二度目の人生で復讐を選ばない  作者: 黒豆子犬
4章 新しい花

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第72話 毒師の誇り

グスタフを山から下ろした後、シルヴァーノの港湾局の留置所に引き渡した。


護送中、グスタフはほとんど喋らなかった。馬の背に揺られながら、ぼんやりと空を見ていた。


留置所の前でグスタフが足を止めた。


「お嬢さん」


「はい」


「一つだけ聞いてくれるか」


「どうぞ」


「死の香の製造記録全部、渡す。原材料の配合比、菌糸の培養条件、蒸留の温度管理。全部だ。頭の中にある。書き出す」


「なぜ」


「あんたが言っただろう。俺の知識は毒を消すために必要だと。だったらちゃんと渡す。中途半端に残したら、誰かが不完全な情報で再現しようとするかもしれない。完全な記録を残した方が完全な対策が立てられる」


その判断は、正しかった。


「ありがとうございます」


「礼はいらん。俺は罪を犯した。償いの入口に立っただけだ」


グスタフが留置所に入っていった。鉄格子の扉が閉まった。


---


宿に戻ったのは深夜だった。


カミラが起きて待っていた。シルヴァーノの宿で、ずっと待っていてくれたのだ。


「お嬢様。無事でよかった」


「大丈夫。怪我もない」


「お顔が疲れています」


「疲れてる。でも、終わった。グスタフを確保した。死の香の最後の瓶も」


カミラが紅茶を淹れてくれた。蜂蜜入り。


飲んだ。温かかった。体の芯から、力が抜けた。


---


翌朝、港湾局でグスタフの聴取に立ち会った。


セドリックが正式な調書を取る場に、私は薬学の専門家として同席した。


グスタフは約束通り、死の香の全製造工程を口述した。


書記官が記録を取った。私も手元のノートに、化学的な裏づけを書き加えた。


「夜来花の花弁を三日間乾燥させた後、低温で蒸留する。六十度を超えると揮発性成分が壊れる。五十五度が最適。蒸留液を取り、菌糸の培養液と混合する」


「菌糸の培養条件は」


「五種をそれぞれ別の容器で培養する。AからDは通常の菌糸培地。ただしEだけは血清を混ぜた培地が必要だ。動物の血清。Eは特殊なんだ」


菌糸培養体E。母のメモに記されていた、毒の排出機構を阻害する成分。


「Eが一番難しかった。他の四つは既存の菌糸を改良しただけだ。だがEは俺が一から作った。三年かけて」


「Eの機能は毒の排出を止めること?」


グスタフが目を見開いた。


「……よく知ってるな。公爵にも教えていないはずだが」


「別の情報源から」


母のメモのことは、言わなかった。


「Eがなければ、AからDの毒性は体が自然に排出する。Eが蓋をするから毒が体内に留まり続ける。死の香の致死性の核はEだ」


「Eだけを先に中和すれば残りは自然排出される?」


「理論上はそうだ。だがEの中和剤を俺は知らない。探したこともない。俺は毒を作る側だった。消す側ではなかった」


アルニカの根。母はそれをEの中和剤として記していた。


「一つ聞いていいですか」


「なんだ」


「公爵の妻リゼットの母親について、何か知っていますか」


グスタフが口を閉じた。しばらくの間、天井を見ていた。


「……公爵の妻に会ったことはない。俺が公爵と組んだのは十年前だ。公爵の妻はその前に死んでいる」


「死因は」


「知らない。だが公爵が一度だけ、酔ったとき言ったことがある。『あの女は自分で毒を飲んだ。止めようとしたのか、確かめようとしたのか、分からない。だが愚かなことだ』と」


自分で毒を飲んだ。


止めようとしたのか。確かめようとしたのか。


母のメモが頭をよぎった。


『私にはもう時間がない』


母は、死の香の対抗研究をしていた。そのために、自分の体で実験したのかもしれない。


父と同じことを、いや。父は道具としてリゼットに毒を試した。母は自分の意志で、自分の体に毒を入れた。


目的が違う。方法が同じでも、目的が。


「……ありがとうございます」


「礼を言うようなことは何もしていない。俺は公爵に付き合って、人を殺す道具を作った。それだけの男だ」


グスタフが目を伏せた。


聴取が終わった。書記官が記録をまとめ、セドリックが署名した。


---


港湾局を出た後、セドリックと二人で港の防波堤に座った。


海風が吹いていた。潮の匂いが強い。


「母のこと聞いたか」


「うん」


「自分で毒を飲んだか」


「処方箋集に残した研究メモと辻褄が合う。母は死の香の対抗研究をしていた。自分の体で実験して間に合わなかった」


「間に合わなかった」


セドリックが繰り返した。


「だがあの研究メモは残った。それが今、お前の手にある」


「うん」


「間に合わなかった人の仕事を間に合う人間が引き継ぐ。それは、無駄ではない」


セドリックの言い方は、いつも通り、淡々としていた。慰めではなく、事実として述べている。


それが、ありがたかった。


「父に会いに行かないと」


「ああ。全部終わったら牢に行こう」


全部終わったら。


廃鉱山の浄化が、まだ残っている。


---


夕方、コルサ商会の最終処理が行われた。


帳簿の押収。倉庫の封鎖。夜来花の在庫六十キロの没収。商会代表ロレンツォの身柄拘束。


コルサ商会は、事実上、解体された。


港湾局の検察官が書類を整理する間、私は倉庫で没収品を確認した。


死の香の材料がこれだけあれば、何百人分もの毒が作れたはずだ。


間に合った。


グスタフが水源で瓶を開ける前に、間に合った。


倉庫を出た。


夕焼けが港を染めていた。海面が赤く光っている。


カミラが宿の窓から手を振っていた。夕食の支度ができたらしい。


「行こう。今日は魚の骨に気をつける」


セドリックが横で小さく笑った。


「学んだのか」


「学んだ。骨だけは」

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