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毒花令嬢は二度目の人生で復讐を選ばない  作者: 黒豆子犬
4章 新しい花

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第68話 廃鉱山

コルサ商会の踏み込みは、翌朝の薄明で行われた。


近衛騎士二名と港湾局の検察官が正門を押さえ、セドリックが令状を読み上げた。


商会の代表、ロレンツォという禿頭の男は、最初こそ抵抗した。


「これは不当な」


「王妃陛下の調査令状だ。拒否は反逆罪に問われる。帳簿と倉庫の鍵を」


ロレンツォの顔から血の気が引いた。


帳簿が開かれた。倉庫が開放された。


私は倉庫の中を見て回った。


香料の樽が並んでいる。ラベンダー、ローズマリー、丁子。通常の香料だ。


奥の区画に入った。


鍵がかかっていた。ロレンツォは「在庫の管理上」と言い訳をしたが、近衛騎士が鍵を外した。


中に、木箱が積まれていた。


蓋を開けた。


乾燥した花弁が詰まっている。白い花弁。甘い匂い。


夜来花だ。


量は、多い。木箱が十二個。一箱あたり五キロとして、六十キロの夜来花。


「これだけの量香水には使わない」


ロレンツォの額に汗が浮いた。


「仕入れただけだ。客に頼まれて」


「客とは?」


「名前は言えない」


セドリックが一歩前に出た。


「ギュンター・ヴォルフという名前に覚えは?」


ロレンツォの目が泳いだ。


「知らな」


「嘘はつかない方がいい。コルサ商会と元メルツ香房のグスタフ・メルツの取引記録は、王都の押収帳簿で既に確認済みだ。グスタフはこの街で偽名を使っている。ギュンター・ヴォルフと名乗り、この商会の裏口から出入りしている」


ロレンツォが崩れた。椅子に座り込み、両手で顔を覆った。


「……あの男が来たのは、四ヶ月前だ。金を払うから蒸留器を貸せと言われた。倉庫の一角を間借りさせた。何を作っているかは、深く聞かなかった」


「今、彼はどこに?」


「分からない。三日前に倉庫に来て、荷物の一部を運び出した。それきり」


三日前。


私たちがクラインフェルトにいた頃だ。


グスタフは、動き始めている。


---


倉庫の奥で、グスタフが使っていたと思われる区画を見つけた。


小さな蒸留器。ガラスの容器が並んでいる。壁に棚が作られ、材料が分類されていた。


夜来花の粉末。菌糸の培養容器。蒸留水。そして、小瓶。


小瓶を手に取った。


蓋を慎重に開けた。嗅いだ。


甘い匂い。だが、王都で嗅いだ死の香とは少し違う。濃縮度が低い。試作段階のものか、あるいは原液を薄めたものか。


「死の香の製造途中か」


瓶は四本。完成品ではないが、材料と設備はここにある。


つまり、グスタフが完成品を作って持ち出した可能性がある。三日前に運び出した荷物の中に。


「セドリック。急いで。グスタフの行き先を」


「ロレンツォに聞く。近衛が押さえている」


---


ロレンツォは、しぶしぶ話し始めた。


「あの男ギュンター、いやグスタフは、三日前に小箱を二つ持ち出した。行き先は言わなかったが——港の南端に小さな借家がある。そこに住んでいるはずだ。場所は教えられる」


「案内しろ」


「い、行くのか? 危険だぞ。あの男はおかしい。匂いの話しかしないし、目が空っぽだった」


「行く」


---


港の南端は、漁師たちの居住区だった。


塩の匂いがする。洗濯物が窓から垂れ下がっている。


ロレンツォが指した家は、通りの一番端にあった。石壁の小さな家。窓が一つ。扉は木製で、鍵がかかっている。


近衛騎士が扉を叩いた。応答がない。


もう一度叩いた。


「王妃陛下の調査令状に基づき開扉を命ずる」


沈黙。


近衛騎士が肩で扉を押した。錠が外れ、扉が開いた。


中は、空だった。


家具はほとんどない。寝台と、小さな机。机の上に道具が散乱している。乳鉢、秤、試薬瓶の空き瓶。


そして、壁に貼られた地図。


シルヴァーノ港周辺の地図だ。港、倉庫区画、街道、そして、廃鉱山の位置。


廃鉱山に、赤い印がつけられていた。


「グスタフは廃鉱山を知っている」


セドリックが地図を見つめた。


「公爵家の使っていた施設だ。製造拠点として坑道を利用するつもりか」


「違う。たぶんもっと悪い」


地図の印の横に、小さな文字が書かれていた。


『水源。流入量。三日で到達。濃度十分』


「廃鉱山の水源に死の香を投入するつもりだ」


声が震えた。


父が上水路に毒を流したのと同じ手口。だが今度は、地下水脈の源流に直接入れる。


廃鉱山の坑道は、地下水脈と繋がっている。そこに死の香を投入すれば、汚染は南方一帯に広がる。今の人工疫病とは比べ物にならない規模で。


「いつ」


「分からない。だが、三日前に荷物を持ち出している。今も向かっている最中かもしれない」


セドリックが振り返った。


「馬を。今すぐ廃鉱山へ向かう」


近衛騎士が走った。


カミラは宿に残すことにした。廃鉱山までの山道は馬でしか入れない。


「カミラ。ここで待っていて。何かあったらランベルト先生に伝書鳩を」


「お嬢様。お気をつけて」


私は机の上をもう一度見た。


乳鉢の中に、白い粉末が残っている。舌で確認する気にはならなかったが、匂いで分かった。


夜来花の精製粉末。高濃度。


グスタフは、死の香の完成品を作り上げた後、この家を出た。


廃鉱山に向かっている。


追わなければ。

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