第59話 逮捕
裁判が終わった翌週。
公爵家の解体が正式に執行された。
王家の勅令。ヴァレンシア公爵家の爵位を剥奪し、領地を王家に接収する。屋敷は国有化され、地下施設は完全に破壊される。
屋敷の取り壊しには立ち会わなかった。
カミラが報告してくれた。
「地下の研究室が埋められました。石と土で。騎士団が二日がかりで」
「そう」
「薬草園は残すそうです。王宮の管理下に移して、薬草の栽培を継続すると」
薬草園だけが残る。
あの庭で育てた牛乳薊。甘草。薬草の数々。
毒の屋敷から、薬草園だけが生き残った。
それで、いい。
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数日後、セドリックがケッテラーの取り調べの最終報告を持ってきた。
「ケッテラーはすべてを自白した。驚いたのは、奴の用意周到さだ。もし我々の介入が遅れていたら、王妃暗殺未遂の罪を誰かに被せるつもりだったらしい」
「誰にですか」
「お前だ。王妃付きの侍女であるベティを金で買収し、『リゼットが王妃の私室付近を徘徊していた』と偽証させる手はずだった」
息が止まりそうになった。前世で私を処刑台に送った、その決定的な引き金。
だが、セドリックは淡々と続けた。
「もちろん、その計画は動く前に潰れた。お前が令嬢ネットワークを通じてベティの借金を肩代わりし、とっくに味方に引き入れていたからな。ケッテラーは、手駒がすでに寝返っていたことすら気づいていなかった」
「……そうですか」
大きく息を吐き出した。
無力だった前世の運命を、今世の自分の行動で、完全に断ち切ったのだと実感した。
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東区の疫病対策は、順調に進んだ。
三千人全員に解毒薬が行き渡り、発症者はゼロだった。
潜伏期間の三十日が過ぎた日。セドリックが報告を持ってきた。
「東区の全住民の健康検査が完了した。疫病の発症者はいない。解毒薬が完全に効いた」
「全員?」
「全員だ。一人も欠けていない」
三千人。一人も死なせなかった。
立ち上がろうとして、膝の力が抜けた。
椅子に座り直した。
「リゼット」
「大丈夫。ちょっと、安心しすぎて」
セドリックが窓際に立った。いつもの場所。
「お前は三千人の命を救った。これは歴史に残る」
「歴史に残らなくていい。生きていてくれればそれでいい」
「お前らしいな」
セドリックの暗い紫の瞳が、こちらを見ていた。
いつもより、柔らかい目だった。
「セドリック」
「何だ」
「前に失言したこと、覚えてる? 前世がどうとか」
セドリックの表情が変わった。微かに、身構えた。
「覚えている」
「あのとき聞かないと言ってくれた」
「ああ。お前が話したいときに聞くと」
「今話してもいい?」
セドリックが黙った。数秒の沈黙の後、頷いた。
「聞く」
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話した。
全てを。
前世のこと。処刑台で死んだこと。七歳に戻ったこと。
前世の記憶を持ったまま、今世を生き直していること。
父に殺される未来を知っていたこと。王妃暗殺未遂事件の記憶があったこと。
セドリックは黙って聞いていた。
表情は変わらなかった。驚きも、疑いも、表に出さなかった。
全てを話し終えたとき、長い沈黙が落ちた。
図書塔の窓から、午後の光が差し込んでいた。
「……信じるか信じないかは」
「信じる」
即答だった。
「なぜ」
「お前の行動が説明がつく。八歳の子供にしては異常に先を読めること。前世の記憶があると仮定すれば全てが繋がる」
「それだけ?」
「それだけじゃない。お前が嘘をつくのが下手だということを、俺は知っている。こんな作り話ができる人間じゃない」
不本意な褒め方だったが、信じてもらえたことが、嬉しかった。
「リゼット」
「何」
「前世で俺は、どうだった」
「前世のセドリックは知らない。あまり接点がなかった。前世の私は何も見えていなかったから」
「今世では見えているか」
「見えてる。あなたが母親思いで、冷静で、皮肉屋で、でも大事な場面では必ず来てくれる人だってこと」
セドリックが、目を逸らした。
窓の外を見ている。耳が、赤い。
「……余計なことを言うな」
「事実だから」
「事実でも言うな。恥ずかしい」
セドリックの声が、少しだけ、柔らかかった。
「礼は」
「要らない。知ってる」
「……ああ。知ってるか」
窓の外で鳩が鳴いた。
午後の日差しが、二人の間に流れていた。




