第58話 最終対峙
父の二度目の拘束から三日後、正式な裁判が開かれた。
場所は王宮の大裁判庁。建国以来の重大犯罪を裁くための法廷だ。
高い天井。石の柱。傍聴席には貴族と官僚が詰めかけている。
被告席に、ヴィクトル・ヴァレンシア公爵が立っていた。
手枷をはめられ、近衛騎士に挟まれている。だが、背筋は伸びたままだった。
裁判長が罪状を読み上げた。
王妃暗殺未遂。毒物の不法製造および流通。人体実験。使用人十四名以上の殺害。国家水源への毒物投棄。聖女への脅迫と操作。
十七の罪状。
傍聴席がざわめいた。
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証人が次々と立った。
ケッテラーが供述した。自分が王妃の食事と香料に毒を混入していた経緯。公爵家からの指示系統。
ベルモント伯爵が証言した。公爵の暗殺指令を受けたリゼットが、暗殺を実行せず、毒を盛ったように偽装したこと。
エレノアが証言した。六歳のときから公爵家に操られていたこと。偽の治癒薬を渡されていたこと。
ランベルト老薬師が証言した。押収された香料から検出された毒物の分析結果。
一つ一つの証言が、父の罪を積み上げていった。
父は、黙って聞いていた。否認も弁明もしなかった。
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最後の証人として、私が呼ばれた。
証人席に立った。
傍聴席の視線が、全て、私に集中した。
被告の娘。宮廷薬師。暗殺者の子にして、暗殺を止めた少女。
裁判長が質問した。
「証人。被告であるヴィクトル・ヴァレンシア公爵はあなたの父親ですね」
「はい」
「あなたは被告の犯罪を知りながら、告発の側に立った。その動機を、法廷に説明してください」
動機。
考えた。
復讐ではない、と、言い切れるのか。
前世の記憶がある。父に殺された記憶がある。処刑台で死んだ記憶がある。
だが、法廷で前世の話はできない。する必要もない。
「動機は一つです。これ以上、誰も殺させたくなかった」
「具体的には」
「私は宮廷薬師です。人を救う技術を持っています。その技術の出発点は父の教育です。父から毒を学び、毒を薬に変えることを覚えました。だからこそ父が毒で人を殺し続けることを、見過ごすことができませんでした」
「被告への個人的な恨みはないのですか」
「あります」
正直に言った。法廷がざわめいた。
「父は私を道具として育てました。暗殺を指令し、服従を求めました。恨みがないとは言いません。だけど今日ここに立っているのは、恨みのためではありません」
「では何のために」
「薬師として。毒を止めることが私の仕事だからです」
証人席を降りる際、護衛に囲まれた父の横を通り過ぎた。
足を止め、ただ一度だけ、ずっと胸の奥に引っかかっていた問いを投げた。
「お母様は……なぜ死んだのですか。あなたの実験台になったからですか」
父の紫水晶の瞳が、私を見た。
何も答えない。ただ冷ややかに「愚かな女だった」とだけ呟き、視線を前に戻した。
表情は読めなかった。
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判決は翌日に下された。
「被告ヴィクトル・ヴァレンシアを、王妃暗殺未遂ほか十七の罪で有罪とする。刑は終身禁固」
死刑ではなかった。
傍聴席がざわめいた。死刑を望む声もあった。十四人を殺した男に、終身禁固は軽すぎるという声。
だが、王妃が判決に口を出していた。
「死刑にはしません。彼の知識がまだ必要になる可能性がある。解毒法の検証に、彼の協力が必要になるかもしれない。それに」
王妃が私を見た。
「あの子の父親だから」
王妃の配慮だった。娘の目の前で父を処刑することへの、配慮。
ありがたかった。同時に、複雑だった。
父が法廷から連れ出されるとき、一度だけ振り返った。
紫水晶の瞳が、私を見た。
口が、動いた。声は出なかったが、読み取れた。
「見事だ」
それが、父との最後の会話になった。




