第55話 強制捜査
公爵家への正式な強制捜査は、父の逮捕から五日後に完了した。
近衛騎士団が屋敷の全ての部屋を調べた。地下研究室は公式に「発見」され、記録された。
ヴェルナー騎士団長が、捜査報告を王妃に提出した。セドリックと私も同席していた。
「ヴァレンシア公爵家の地下施設から、以下の物品を押収しました」
ヴェルナーが報告書を読み上げた。
「毒物サンプル四十七種。調合器具一式。人体実験施設寝台五基、拘束具、記録文書。取引帳簿の全巻。コルサ商会との契約書原本。過去三十年分の暗殺記録」
暗殺記録。
父は、全ての暗殺を記録していた。日付、対象、使用した毒、結果。几帳面に。
「記録によれば、過去三十年間で十七件の暗殺が実行されています。うち十四件は成功。三件は対象が生存」
十七件。十四人が殺された。
王妃が目を閉じた。
「……十四人」
「はい。被害者のリストを作成しました。遺族への通知と補償について」
「やりなさい。全てを。隠さずに」
王妃の声は静かだったが、有無を言わさない強さがあった。
「公爵家は解体する。領地は王家が接収し、使用人たちの補償に充てなさい。地下施設は完全に破壊すること」
「かしこまりました」
ヴェルナーが一礼して退室した。
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王妃と二人きりになった。セドリックも席を外した。
「リゼット」
「はい」
「あなたは大丈夫?」
王妃の目が、母親の目になっていた。
「……大丈夫です」
「嘘ね」
「……はい」
大丈夫ではなかった。
父の暗殺記録。十四人。その中には、名前を知っている人がいるかもしれない。前世で関わった人がいるかもしれない。
だが、今は感情に浸っている場合ではなかった。
「王妃陛下。疫病の件で、報告があります」
「聞くわ」
「解毒薬の処方が完成しました。現在、大量調合を進めています。ただ三千人分の薬を期限内に作り切るには、人手が足りません」
「何が必要?」
「薬師を増やしたい。王宮の薬草庫だけでなく、王都の薬師組合にも協力を要請したいのですが宮廷薬師の権限では、民間の組合への要請が出せません」
「私の名で出すわ。王妃の名による緊急薬務令。王都の全ての薬師に、解毒薬の調合への協力を求める」
「ありがとうございます」
「それから——東区の住民への配布体制も整えないと。衛兵を使って、戸別配布にしましょう」
王妃が立ち上がった。
数ヶ月前まで寝台から起き上がれなかった人が、今は、国の危機に対処するために動いている。
私が飲ませた解毒薬が、この人の体を回復させた。
その回復した体が、今度は三千人の命を救うために動いている。
薬が、巡っている。
「リゼット」
「はい」
「あなたがこの国の宮廷薬師で、よかった」
「……勿体ないお言葉です」
「本心よ。さあ、忙しくなるわ」
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王妃の緊急薬務令が発令された。
王都の薬師組合が動いた。
二十三名の薬師が、王宮の薬草庫に集まった。
私が処方を説明した。配合比。調合の手順。注意点。
「白樺茸の煎じ液は、必ず沸騰させてから冷ましてください。高温で有効成分が活性化しますが、冷めないまま他の成分と混ぜると甘草と反応して沈殿が出ます」
薬師たちが頷いた。
八歳の少女が二十人以上の大人の薬師に指示を出している。異様な光景だったが、処方の正確さと説明の明快さに、誰も文句は言わなかった。
ランベルトが私の横に立ち、補足の説明を加えてくれた。
「リゼット嬢の処方は、わしが検証済みだ。信頼して作業にあたってくれ」
老薬師の一言で、場の空気が引き締まった。
調合が始まった。
薬草庫が、工場になった。石臼が回り、蒸留器が蒸気を上げ、瓶が並んでいく。
一日目。二百人分。
二日目。三百人分。
薬師の数が増えたことで、生産速度が上がった。
北方からの白樺茸も到着した。騎士が馬を三頭乗り潰して運んできた。
「足りるか」
セドリックが聞いた。
「足りる。これで三千人分は確保できる」
「間に合うな」
「間に合う」
初めて、確信を持って言えた。
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配布が始まったのは、調合開始から十日後だった。
東区の住民に、戸別で解毒薬が届けられた。
衛兵が一軒一軒を回り、薬の飲み方を説明した。
「一日三回。食後に。七日間続けてください」
住民たちの反応は様々だった。
不安。困惑。怒り。なぜ自分たちが毒を飲まされたのか。
だが、薬を拒否する者はいなかった。
初期症状、倦怠感や微熱、が出始めていた住民が、薬を飲んだ翌日に症状が軽減した。
効いている。
人体で、効いている。
報告を受けたとき、薬草園の小屋で、膝をついた。
効いた。
実験室の溶液ではなく。擬似サンプルではなく。
生きた人間の体で。
三千人の命が、救える。
カミラが駆け寄ってきた。
「お嬢様。どうされました」
「大丈夫。ちょっと、力が抜けた」
「泣いてます」
「泣いてない」
泣いていた。
カミラが黙ってハンカチを差し出した。
受け取って、顔を拭った。
「……ありがとう」
「お疲れ様です、お嬢様」
カミラの声が、温かかった。




