第52話 公爵家の歴史
父の告白を受けて、ヴァレンシア家の歴史を調べた。
王宮の図書塔。最上階の特別閲覧室には、建国以来の公文書が保管されている。セドリックの許可で入室した。
古い羊皮紙の束。虫食いのある巻物。色褪せた墨の文字。
ヴァレンシア家の記録は、断片的だった。公式の歴史書には、公爵家の表の功績しか書かれていない。建国期の戦功、領地経営の成果、王室への忠誠。
裏の歴史は、別の場所にあった。
セドリックが見つけた。枢密院の封印書庫に、「王家機密文書 第三類」として保管されていた資料。
「これは——俺も初めて見た。王子でも、通常はアクセスできない」
セドリックが渡してくれた束を開いた。
「王家暗殺局 業務記録(機密)」
暗殺局。
父が言った通りだった。ヴァレンシア家は、王家の公式な暗殺機関だった。
記録を読んだ。
初代公爵の時代。戦時中の敵将への毒殺。これは、戦争行為として、当時の法でも許容される範囲だった。
二代目。平時に移行してからも、暗殺業務は継続した。対象は、反乱を企てた辺境伯、王位継承を主張した傍系王族、外国からの工作員。
三代目以降。対象が、拡大していった。政治的に不都合な貴族。王の寵愛を受けた愛人の夫。宮廷内の権力闘争の犠牲者。
暗殺の理由が、次第に、国家の安全から、個人の政治的利益に変わっていった。
「腐敗していったんだな」
セドリックの声は低かった。
「最初は必要悪だったのかもしれない。戦時中の暗殺は、どの国でもやっている。だが、平時に持ち込まれた瞬間から歯止めがなくなった」
「三代前の国王が停止した」
「ああ。記録がある。『ヴァレンシア公爵家の特別任務を停止する。以後、いかなる暗殺も王命なくして行ってはならない』」
「でも父は続けた」
「王命なく。独自の判断で」
停止された業務を、独自に再開した。それは、もはや国家の機関ではなく、私的な犯罪組織だ。
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資料をさらに読み進めた。
気になる記述があった。四代目公爵の時代の報告書。
「第七研究区画の設立について。王命により、ヴァレンシア公爵家の敷地内に毒物研究施設を設置する。目的は、新型毒物の開発および解毒法の研究。被験体は戦時捕虜および死刑囚とする」
第七研究区画。あの地下室の前身だ。
建国初期から存在していた。最初は、王命による公式の施設だった。
「被験体は戦時捕虜と死刑囚」。つまり、人体実験も当初は公式に認可されていた。
だが、時代が変わり、法が整備され、人権の概念が浸透した。
施設は閉鎖されるべきだった。
されなかった。
「父はこの施設を復活させたのですね」
「閉鎖後も、構造は残っていたんだろう。地下室を掃除して設備を入れ直せば使える」
「被験体はもう捕虜や死刑囚ではなく」
「使用人だ。抵抗できない立場の人間を」
セドリックの声に怒りが滲んだ。
沈黙が落ちた。
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資料を閉じて、考えた。
ヴァレンシア家の歴史は、国家の暗部そのものだった。
王家が必要とし、利用し、そして不要になったときに切り捨てた。だが、切り捨てたはずの機関は、独自に生き延び、暴走した。
父一人の問題ではない。ヴァレンシア家を生み出し、利用し、放置した王家と国家の責任でもある。
だが、だからといって、父の罪が軽くなるわけではない。
「セドリック」
「何だ」
「この資料を裁判の証拠として使えますか」
「使える。公爵家の犯罪の背景として。だが同時に、王家にとっても不都合な内容だ。暗殺局の存在は公にすれば、王家の信用に関わる」
「それでも公にすべきだと思います。隠したままでは同じことが繰り返される」
セドリックが私を見た。
暗い紫の瞳に、何かが揺れた。
「……俺は王子だ。王家の名誉を守る立場にある。だが」
「だが?」
「母上が殺されかけた。この手で母を殺そうとした組織の存在を、俺は隠すつもりはない」
セドリックの声は静かだったが、決意が滲んでいた。
「ありがとう」
「礼は」
「要らない。知ってる」
セドリックが、僅かに口元を緩めた。笑ったのかもしれない。
図書塔の窓から、午後の日差しが差し込んでいた。
古い文書の束を閉じた。
ヴァレンシア家の歴史。四百年の闇。
その闇を、終わらせる。
だが、その前に、もっと急ぐべきことがある。
父が水路に流した疫病。三十日の猶予。
今日で、三日目だ。




