第48話 エレノアの告発
エレノアが王宮のサロンで立ち上がったのは、朝の十時だった。
サロンには貴婦人と令嬢が十数名集まっていた。通常の社交の時間。刺繍をしながら雑談をする、穏やかな朝の光景。
エレノアが椅子から立ち上がると、全員の視線が集まった。
聖女が発言するとき、場は自然に静まる。それが、これまでの常だった。
「皆様にお伝えしたいことがあります」
碧い瞳が、サロンの全員を見渡した。
修道服の白い襟元に、手を当てていた。その手が、微かに震えていた。だが、声は震えていなかった。
「私は——聖女ではありません」
沈黙が落ちた。
空気が凍った。
「私が行ってきた治癒の奇跡は——全て、偽りです。渡された薬を手に塗り、祈る振りをして、患者の手を握っていただけです。治癒など——一度も起こしたことはありません」
ざわめきが広がった。貴婦人たちが顔を見合わせている。信じられないという表情。困惑。怒り。
フローリアが、動かなかった。琥珀色の瞳で、エレノアをじっと見つめている。驚いてはいなかった。知っていたのだ。
「薬を渡していたのは——ヴァレンシア公爵家の関係者です。六歳のとき、教会に来た男に——使い方を教わりました。逆らえばどうなるかも」
エレノアの声が揺れた。だが、止まらなかった。
「私は——嘘をつくことでしか生きられなかった。でも——それはもう終わりにします。騙してきた全ての方に——お詫び申し上げます」
エレノアが深く頭を下げた。
金色の髪が顔を覆った。
サロンが騒然となった。貴婦人たちが口々に何かを言い始めた。非難の声。同情の声。混乱の声。
私は、席に座ったまま、何も言わなかった。
エレノアが顔を上げた。碧い瞳が、涙を流していた。
だが、目は笑っていた。
仮面を外した顔。初めて、大勢の前で見せた、本当の顔。
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エレノアの告白は、一時間で宮廷中に広まった。
昼までには王都の主要な貴族の耳に届いた。
聖女が偽物だった。奇跡は薬による偽装だった。操っていたのはヴァレンシア公爵家。
衝撃は大きかった。
聖女エレノアを信じていた人々、病の治癒を祈った者、奇跡に感謝した者、教会への寄付を増やした者、全員が裏切られた形だ。
だが、同時に、エレノアへの同情も生まれた。
六歳の孤児が、権力者に操られて偽の奇跡を演じさせられていた。逆らえば罰を受けた。聖女の仮面を被らなければ生きていけなかった。
被害者であり、加害者であり、同時に、勇気ある告白者。
世論は割れたが、エレノアの涙が、多くの人の心を動かした。
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サロンが解散した後、回廊でエレノアに追いついた。
エレノアは壁に寄りかかっていた。足に力が入らないのだろう。顔は真っ白だったが、目だけが光っていた。
「やったね」
「……やった」
「震えてる」
「うん。——でも、止まらなかった」
エレノアが小さく笑った。
「嘘をつかなくてよくなったの。初めて。——嘘をつかなくて、いい」
その声が、嗚咽に変わった。笑いながら泣いていた。
隣に立った。肩には触れなかった。この子が必要としているのは慰めではなく、ただ、傍にいる人間だ。
「エレノア。これから——教会も、世間も、大変なことになる。あなたへの非難もあるだろうし、公爵家への追及も加速する」
「分かってる」
「でも——一人じゃないから」
「……うん」
エレノアが涙を拭った。
「リゼット。一つ——言っておきたいことがある」
「何」
「グスタフが——最後に来たとき。いつもと違うものを持ってきた。薬じゃなくて——手紙」
「手紙?」
「封蝋に公爵家の紋章が押してあった。中身は読めなかった。グスタフが持って行ったから。でも——グスタフの顔が、すごく怖かった。青い顔をしていた」
公爵家の紋章の封蝋。グスタフへの指示書か。
グスタフは逃亡した。だが、その手紙を持っている可能性がある。
「ありがとう。大事な情報よ」
「役に立てた?」
「すごく」
エレノアが微笑んだ。ぎこちないが、本物の笑みだ。
回廊の窓から光が差し込んでいた。朝の光がエレノアの金の髪を照らしている。
この子は、今日、生まれ変わった。
偽りの聖女から、嘘をやめた少女に。
失ったものは大きい。聖女の地位、教会の庇護、人々の崇敬。
だが、得たものは、それ以上だ。
自分自身の声で話す権利を、取り戻した。




