第47話 宰相の手
ジークフリートの警告を受けて、動きを急いだ。
宰相が「リゼットも共犯」という筋書きを作ろうとしている。ベルモント伯爵への暗殺指令の記録が、その根拠だ。
だが、反証はある。
ベルモント伯爵は生きている。しかも、私が毒を盛らずに「体調不良」を偽装した経緯を知る、重要な証人になりうる人物だ。
暗殺を指令されたが、暗殺していない。対象を傷つけず、味方に変えた。
これが「加担」と呼べるか。
セドリックに伝言を送った。
『緊急。宰相がリゼットを公爵の共犯として告発する準備をしている。ベルモント伯爵の証言が反証として必要。——R』
返事は二時間後。
『ベルモント伯爵に連絡を取る。証言の確保は任せろ。——C』
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同日の午後、別の動きがあった。
マリアンヌからの報告。
『宰相ヘルムガルトが、枢密院の臨時会議を招集しました。議題は「公爵家の管理に関する緊急動議」。明後日の午前です。——M』
臨時会議。公爵家の管理に関する動議。
宰相が先手を打ってきた。
近衛騎士団の強制捜査より前に、枢密院で公爵家の処分を議論させようとしている。
枢密院は、宰相が議長を務める。議題の設定も採決の手続きも、宰相の裁量が大きい。
宰相の狙いが見えた。
枢密院で公爵家の処分を決議し、その中にリゼットの共犯認定を滑り込ませる。近衛騎士団の捜査が入る前に、法的な枠組みを作ってしまう。
セドリックの強制捜査を、政治で先回りしようとしている。
「カミラ。セドリック殿下に至急の伝言を」
「はい」
『宰相が明後日に枢密院臨時会議を招集。公爵家の処分を先に決議しようとしている。強制捜査のタイミングを前倒しする必要がある。——R』
返事を待つ間に、もう一つの手を打った。
エレノアへの伝言。
告解室ではなく、今回は直接、王宮のサロンで顔を合わせる機会を使った。
エレノアが刺繍をしている隣に座り、小声で話した。
「エレノア。宰相が動いている。公爵家を潰すと同時に、私も巻き込もうとしている」
エレノアの手が止まった。碧い瞳がこちらを見た。
「何か——私にできることはある?」
「一つだけ。——あなたの告白」
「告白?」
「聖女の奇跡が偽りだったことを——公に証言すること。公爵家があなたを操っていたことを」
エレノアの顔が蒼白になった。
「それは——」
「分かってる。あなたにとって——全てを失うことになるかもしれない。聖女の地位も、教会での立場も」
「……それは——怖いけど。でも——」
「でも?」
「嘘のまま生きるのは——もう、嫌なの」
エレノアの目に涙はなかった。あの礼拝堂の夜とは違う。泣くのではなく、覚悟を決めた目だ。
「いつ——話せばいい?」
「枢密院の臨時会議の前に。あなたの証言があれば、公爵家が聖女を操って偽の奇跡を演出していたという証拠になる。宰相が私を共犯にしようとしても、公爵家の犯罪の規模が——私一人の問題ではなくなる」
「分かった。——やる」
エレノアが刺繍の針を握り直した。手は震えていなかった。
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セドリックからの返事が来たのは、夕方だった。
『強制捜査を明日に前倒しする。令状は今夜中に発行。近衛騎士団ヴェルナーに伝達済み。——C』
明日。
予定より一日早い。
だが、枢密院の臨時会議より前に捜査を入れれば、物的証拠を先に確保できる。宰相が政治で覆そうとしても、証拠の前には限界がある。
カミラに伝えた。
「明日の朝。強制捜査が入る」
カミラの顔が引き締まった。
「明日——」
「近衛騎士団が来る。私は——地下室に案内する」
「お嬢様。お父様は——」
「父はおそらく屋敷にいる。対峙することになる」
カミラが黙った。数秒間、何かを考えていた。
「お嬢様。一つだけ——聞いていいですか」
「何」
「お父様を——恨んでいますか」
カミラの黒い瞳が、まっすぐにこちらを見ている。
「恨んでいるか——」
考えた。
前世で殺された。今世でも、道具として扱われた。弟に毒を盛り、使用人を実験台にし、王妃の命を狙った。
恨んでいるか。
「分からない」
正直に答えた。
「恨みとは違う気がする。でも——許すこともできない。ただ——止めなければいけない。あの人がこれ以上、誰かを傷つけるのを」
カミラが頷いた。
「それで——十分だと思います」
「十分?」
「お嬢様は——恨みで動いていない。それが大事なんです。恨みで動いたら——お父様と同じになってしまうから」
カミラの言葉が、胸に沁みた。
この子は、いつも、私が見失いそうになるものを拾い上げてくれる。
「ありがとう、カミラ」
「おやすみなさい、お嬢様。明日——頑張りましょう」
「うん。頑張ろう」
蝋燭を消した。
暗闇の中で、明日のことを考えた。
考えすぎると眠れなくなるので、薬草の処方を頭の中で復唱した。
牛乳薊の抽出液。活性炭。甘草の煎じ液。
配合比。投与量。効果の発現時間。
薬師の知識が、子守歌のように頭を巡った。
いつの間にか、眠っていた。




