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毒花令嬢は二度目の人生で復讐を選ばない  作者: 黒豆子犬
3章 公爵家の闇

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第46話 ジークフリートの仮面

強制捜査の前日に、予期しない来客があった。


第一王子ジークフリート・アルシェーヌ。


私の婚約者。


門番の報告を受けたとき、書斎にいた。父は不在だった。午前中から王都の貴族会議に出席している。


「ジークフリート殿下がお見えです。お嬢様にお会いしたいと」


カミラの声に緊張が混じっていた。


「……通して。応接室に」


---


応接室に入ると、ジークフリートが窓辺に立っていた。


金の髪。碧い瞳。端正な顔立ちに、読みにくい微笑みを浮かべている。


前世のジークフリートは、私を処刑台に送ることに、何の躊躇もなかった。婚約者が無実だと訴えても、一顧だにしなかった。


今世のジークフリートは、まだ何もしていない。だが、味方になる行動は何も取っていない。


「久しぶりだな、リゼット」


「殿下。お忙しい中、わざわざ公爵家まで」


「堅い挨拶は抜きにしよう。——二人きりで話がしたい」


カミラを下がらせた。扉が閉まった。


ジークフリートが椅子に座った。私も対面に座った。


「ケッテラーの件は聞いている。メルツ香房の押収も。——お前が裏で動いていたことも」


「情報が早いですね」


「王子の耳に入らない話は少ない。特に——弟が関わっている案件は」


セドリックのことを「弟」と呼んだ。声に皮肉はなかった。だが、親しみもなかった。


「リゼット。単刀直入に聞く。お前は——父上を告発するつもりか」


父上。ジークフリートにとっての「父上」は国王だ。


違う。ここで言う「父上」は、私の父。ヴァレンシア公爵のことだ。


「なぜ、そう思いますか」


「状況を見れば分かる。ケッテラーの逮捕。メルツ香房の押収。弟の動き。全てが一つの方向を指している。——ヴァレンシア公爵の排除だ」


ジークフリートの碧い瞳が、まっすぐにこちらを見ている。


この人は、頭が切れる。セドリックとは違う種類の鋭さだ。セドリックが分析者なら、ジークフリートは政治家だ。局面全体を俯瞰して、各プレイヤーの動きを読む。


「殿下は——どちらの味方ですか」


「味方?」


「私の味方か、父の味方か。聞いておきたい」


ジークフリートが僅かに笑った。


「俺は——どちらの味方でもない」


「では、何をしに来たのですか」


「確認しに来た。お前の覚悟を」


ジークフリートが身を乗り出した。


「リゼット。お前がやろうとしていることは——公爵家の解体だ。ヴァレンシア家は建国以来の名門だ。四百年の歴史がある。それを——お前は、内側から壊そうとしている」


「壊すのではなく——膿を出す」


「結果は同じだ。公爵家が崩壊すれば——お前の社会的立場も消える。婚約も白紙になる。宮廷薬師の称号はあっても、後ろ盾がなくなる」


「覚悟の上です」


「本当に?」


ジークフリートが立ち上がった。窓際に歩き、外を見た。


「俺は——正直に言えば、お前に興味がなかった。父上が決めた婚約だ。政治的な取り決めに過ぎない。だが——この数ヶ月で、お前が見せたものは——予想外だった」


「何を見ましたか」


「八歳の少女が、宮廷の暗部に手を突っ込んで、王妃を救い、実行犯を逮捕した。——しかもそれが、自分の父親を敵に回す行為だと分かっていて」


ジークフリートが振り返った。碧い瞳に、初めて見る光があった。


「お前は——俺が思っていたより、ずっと危険な女だ」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「褒めてはいない。——警告だ」


ジークフリートの声が低くなった。


「リゼット。宰相ヘルムガルトが動いている。公爵を切り捨てる準備を始めている。だが——切り捨て方が問題だ。宰相は、公爵を排除すると同時に——お前も排除しようとしている」


血の気が引いた。


「どういうことですか」


「公爵の犯罪を告発する過程で、リゼットも共犯だったという筋書きを作ろうとしている。公爵家の令嬢が、父の犯罪を知りながら黙認していた——いや、加担していたと」


「加担なんてしていない」


「証拠がある。お前が父の暗殺指令を受けていた記録が——宰相の手元にある。ベルモント伯爵への件だ」


第12話。父からの最初の暗殺指令。私はそれを偽装し、ベルモント伯爵を傷つけず、結果だけを作って協力者に変えた。


だが、暗殺指令を「受けた」という事実は残っている。私が報告した偽の「遂行報告」も、父の記録に残っているはずだ。


宰相がその記録を入手したなら、「リゼットは暗殺者として活動していた」という物語を作れる。


「……殿下は、なぜそれを教えてくれるのですか」


「婚約者だからだ。俺の婚約者が犯罪者として裁かれるのは——王家の面子に関わる」


面子。政治的な計算だ。私を助けたいわけではなく、自分の立場を守りたい。


だが、理由が何であれ、情報は情報だ。


「ありがとうございます。——殿下。一つ、聞いてもいいですか」


「何だ」


「婚約の件。公爵家が崩壊した後——殿下は、婚約を解消されますか」


ジークフリートが黙った。


数秒の沈黙。


「……考えている。正直なところ——まだ決めていない」


「決まったら教えてください。私は——どちらでも構いません」


ジークフリートが微かに目を細めた。


「どちらでも構わない、か。……強いな。だが覚えておけ、リゼット。この宮廷で完全に退路を断たれ、何もかもを奪い取られた時、人はどうするか」


ジークフリートの口元が歪み、音のない笑いの形を作った。


「ただ、嗤うことしかできなくなる。それしか自分を守る盾が残されていないからだ」


その引きつったような笑みを見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。

前世の処刑台の下で彼が浮かべていたあの顔。私を嘲っているのだとばかり思っていたあの笑みは、全てを奪われ、壊れた男の顔だったのではないか。


私が息を呑むのを残し、ジークフリートが扉に向かった。


「リゼット。宰相の手は——俺が塞ぐ。お前の暗殺指令の件は、『公爵に強制された未成年の行為』として処理する。法的には——八歳の子供に刑事責任は問えない」


「殿下——」


「借りは作るなよ。——いずれ返してもらうからな」


扉が閉まった。


金の髪が消えた後、応接室に静寂が戻った。


紙片に書いた。


——ジークフリートからの警告。宰相がリゼットを共犯として排除する計画あり。


——ジークフリートが法的防御を提供。動機は政治的計算だが、結果として味方に回った。


——婚約の行方は未定。ジークフリートの真意は依然として読めない。


——宰相への対策が新たに必要。ベルモント伯爵の件の記録を確認し、反証を準備する。

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