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毒花令嬢は二度目の人生で復讐を選ばない  作者: 黒豆子犬
2章 社交界の毒と蜜

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第35話 暗殺の設計図

前世の記憶を、絞り出すように辿った。


処刑台の記憶は鮮明だ。灰色の空、群衆の罵声、首筋を撫でる秋風。それは何度も夢に見た光景で、瞼の裏に焼きついている。


だが、逮捕される前の数日間は曖昧だった。


前世のリゼットは、事件の真相を知らないまま死んだ。何が起きたのか理解する暇もなく、衛兵に両腕を掴まれ、地下牢に放り込まれた。


だからこそ、断片を繋ぎ合わせるしかない。


---


紙を広げ、思い出せることを全て書き出した。


——前世の秋の晩餐会。九月の下旬。紅葉が始まる頃。


——場所は王宮の大広間。年に一度の大規模な宴席で、王族と主要貴族が全員集まる。


——王妃は病を押して出席していた。長期の療養で痩せていたが、笑顔を見せていた。


この時点で、王妃は既に死の香の慢性投与で体が弱り切っていた。今世とは状況が違う。今世の王妃には、薬草茶による治療が進んでいる。


——晩餐会の後、王妃は私室に戻った。


——深夜、王妃の私室から侍女の悲鳴が響いた。


——駆けつけた衛兵が見たのは、呼吸困難で倒れた王妃と、部屋に充満する甘い花の香り。


死の香だ。密閉された部屋に、大量の粉末が散布されていた。


——王妃は一命を取り留めたが、意識が戻らなかった。


ペンが止まった。


ここからが問題だ。どうやって部屋に死の香が持ち込まれたのか。


---


記憶の中の晩餐会を、もう一度歩いた。


大広間。長いテーブル。蝋燭の光。楽隊の音。


前世のリゼットは、どこに座っていた。


ジークフリートの隣だ。婚約者として、王子の隣に座る。


その席からは、王妃の席が見えたはずだ。だが、前世のリゼットは王妃に関心がなかった。父に言われるまま、王子の隣で微笑んでいるだけの人形だった。


宴席の間に何か異変があったか。


——覚えていない。少なくとも、宴席中には何も起きなかった。


宴席が終わった後だ。


王妃が私室に戻った後。深夜。それまでの数時間が、空白になっている。


前世のリゼットは、晩餐会が終わった後、自分の部屋に戻った。カミラが髪を解いてくれた。着替えて、寝台に入った。


そして、翌朝、衛兵が来た。


「リゼット・ヴァレンシア。王妃暗殺未遂の容疑で拘束する」


容疑の根拠は何だったのか。


記憶を掘る。裁判の場面。形式的な裁判。弁明の機会はほとんど与えられなかった。


検察官が読み上げた罪状。


——王妃の私室から検出された毒物は、ヴァレンシア公爵家が管理する希少な調合物と一致した。


——リゼット・ヴァレンシアは毒物の知識を持ち、王妃の近くに出入りする立場にあった。


——晩餐会の夜、リゼット・ヴァレンシアが王妃の私室付近を徘徊していたとの証言がある。


三つ目。これが決定的だった。


徘徊していた。前世の私は、そんなことをしていない。


部屋に戻って寝ていた。だが、誰かが「リゼットを見た」と証言した。


偽証だ。仕組まれた証言。


誰が証言したのか。記憶の中で、裁判官の声が遠い。


名前が、聞き取れなかった。


いや。聞き取れなかったのではなく、前世のリゼットは混乱して何も耳に入らなかった。処刑台に送られるまで、何が起きているか理解できないまま流されていた。


---


紙に書き足した。


——暗殺の方法:王妃の私室に死の香を大量散布。密閉空間での吸入型攻撃。


——実行のタイミング:晩餐会後の深夜。王妃が就寝し、部屋が閉め切られる時間帯。


——毒の持ち込み経路(推定):王妃の私室に事前に仕込まれた。晩餐会中か、その準備段階で。


——犯人の偽装:リゼットに罪を着せるため、目撃証言が捏造された。


ここまで書いて、重要な点に気づいた。


王妃の私室に毒を仕込むには、私室に入る権限が必要だ。


侍女。衛兵。そして、王妃の食事と身の回りの品を管理する者。


典礼局副局長ケッテラー。


あの男が王妃の食事管理権限を持っている。食事だけではない。寝室の香炉、入浴剤、衣装に焚き染める香。王妃の日常生活の全てに、典礼局の管理が及んでいる。


香炉だ。


王妃の寝室には香炉がある。安眠のために、毎晩、侍女が香を焚く。


その香に、死の香を混ぜればいい。


侍女が気づかない程度の量を、香の原料に紛れ込ませる。部屋を閉め切って就寝すれば、一晩中、死の香を吸い続けることになる。


慢性投与で弱った体に、致死量を浴びせる。


晩餐会の日を選ぶ理由も分かった。大規模な宴席の日は、王宮全体が混乱する。多くの人間が出入りし、警備の目が分散する。毒を仕込む隙が生まれやすい。


そして、多くの貴族が集まるから、犯人に仕立てる候補が揃う。


リゼット・ヴァレンシアという、完璧な生贄が。


---


ペンを置いた。


手の甲で額の汗を拭った。


暗殺計画の全体像が見えてきた。


犯人はケッテラー。実行手段は香炉への死の香の混入。タイミングは秋の晩餐会の夜。


そして、罪を被るのはリゼット。


前世ではその通りに事が運んだ。


今世では、させない。


だが、一つ、厄介な問題がある。


今世の状況は、前世と大きく変わっている。


王妃の治療が進んでいる。宮廷薬師として、私は王妃の傍にいる。セドリックとの同盟がある。エレノアとの接触もある。


犯人側から見れば、リゼットは前世とは比較にならないほど危険な存在になっている。


計画を前倒しにする可能性がある。


秋の晩餐会を待たずに、仕掛けてくるかもしれない。


あるいは、方法を変えてくるかもしれない。


前世の記憶は参考にはなるが、今世でそのまま再現されるとは限らない。


時間軸のズレ。人物関係のズレ。グスタフ・メルツのように、前世に存在しなかった要素もある。


記憶に頼りすぎてはいけない。


今世の情報を集め、今世の状況に基づいた防衛計画を立てる必要がある。


---


翌朝、カミラを呼んだ。


「王宮の年間行事を確認したい。今年の秋に予定されている公式行事を、全て調べて」


「秋の行事ですか?」


「晩餐会、園遊会、式典——王族と貴族が一堂に会する規模のものを全部」


「分かりました。典礼局の発表を確認しますね」


カミラが部屋を出た後、窓の外を見た。


五月の朝。庭の薬草園では、牛乳薊の白い花が咲き始めている。


あと四ヶ月。前世の通りなら。


だが、今世で同じ時期とは限らない。もっと早いかもしれない。


紙片の最後に書いた。


——防衛計画の策定を開始する。セドリック、エレノア、令嬢ネットワークとの情報共有が急務。


——鍵となる人物:典礼局副局長ケッテラー。この男の行動を監視する手段が必要。


——最優先課題:王妃の私室の安全確保。特に香炉と、身の回りの品の管理体制の見直し。


紙を折り畳み、薬草辞典の間に挟んだ。


前世の記憶は、地図だ。だが、地図の通りに道が続いているとは限らない。


崖が増えているかもしれない。橋が落ちているかもしれない。


それでも、地図がないよりは、ましだ。


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