第31話 コルサの影
セドリックと合流したのは、王都の東区だった。
宮廷薬師見習いの用事で王宮を訪れた帰り道を装い、東区の古書店で落ち合う手筈になっていた。古書店の主人はセドリックの研究用の書籍を取り寄せている業者で、王子が訪れても不自然ではない場所だ。
セドリックは古書の棚の前に立ち、分厚い植物図鑑を開いていた。護衛は店の外に待たせてある。
「コルサ商会の王都支店を突き止めた」
開口一番、セドリックが言った。
「場所は」
「東区の川沿い。倉庫街の一角に事務所がある。表向きは香料と染料の輸入業者として登記されている。外から見ると、何の変哲もない倉庫だ」
「中は」
「まだ確認していない。外からの観察だけだ。出入りする人間を三日間監視した」
セドリックが懐から紙片を取り出した。几帳面な筆跡で、日時と人物の特徴が記録されている。
「主な出入りは、事務員が二名。荷運びの下働きが四名。定期的に訪れる外部の人間が三名。うち一名が——気になる」
「誰」
「王宮典礼局の副局長、ハインリヒ・ケッテラー」
典礼局副局長。セドリックが以前、コルサ商会の裏顧客として名前を挙げた三名のうちの一人。
父と宰相に並ぶ、三人目の顧客。
「どのくらいの頻度で」
「週に一度。毎週水曜の夕方。公務の帰りに寄る形で、滞在時間は三十分から一時間」
「定期的な取引があるということだ」
「そう考えるのが自然だ。——ケッテラーの役職は典礼局副局長。王宮の行事と儀式を取り仕切る部署の実務担当者だ。王宮内部の動線、警備の配置、食事の手配。全て典礼局の管轄下にある」
食事の手配。
王妃の食事も、典礼局が管理している可能性がある。
「王妃陛下のお食事は——典礼局の管轄?」
「確認した。王族の食事は典礼局が管理する食材庫から供給される。食材の発注、調理場の管理、配膳の手順。全てケッテラーの監督範囲だ」
血の気が引いた。
王妃に毒を盛る経路が見えた。典礼局副局長が食材の管理権限を持っている。
コルサ商会から毒物を入手し、食材に混入させれば、王妃の食事に死の香を微量ずつ混ぜることができる。
「セドリック。ケッテラーが——」
「まだ確定ではない。だが、動機と手段がある。——問題は、ケッテラーが独断でやっているのか、誰かの指示で動いているのかだ」
「誰かの指示」
「ケッテラーの上に、宰相がいる。コルサ商会の裏顧客として、宰相の名前もある。宰相がケッテラーに命じて、王妃を——」
「待って。宰相が王妃を殺す動機は」
「ある。王妃は穏健派だ。宰相の予算拡大路線に反対する勢力の精神的な柱になっている。王妃が健在なら、国王は穏健派の意見を聞く。王妃がいなくなれば——」
「国王は宰相の言いなりになる」
「可能性は高い」
宰相ヘルムガルト。フローリアの父。
コルサ商会の裏顧客。典礼局副局長の上司。
そして、父もコルサ商会の裏顧客だ。父と宰相は、同じ闇の流通経路で繋がっている。
敵が多すぎる。
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「もう一つ報告がある」
セドリックが植物図鑑を閉じ、別の紙片を出した。
「コルサ商会の倉庫に出入りする荷物を、遠目から観察した。南方からの船便で届く荷物の中に、冷蔵用の特殊な木箱がある。香料は常温保管が普通だ。冷蔵が必要な荷物は——」
「生物由来の材料。菌糸とか——」
「夜来花の培養に必要な特定の菌糸」
死の香の原材料。夜来花と特定の菌糸。
グスタフ・メルツが死の香の製造者だとすれば、コルサ商会から原材料を受け取り、メルツ香房の二階で精製している。
「流通経路が見えてきた」
セドリックが棚に手をかけ、低い声で整理した。
「南方のコルサ商会本部が原材料を調達する。王都の支店に送る。支店からグスタフ・メルツに原材料が渡り、メルツが死の香を製造する。完成品は——父上に納品される。そして、典礼局副局長ケッテラーが実行役として、王妃の食事に混入する」
「ケッテラーが実行役だとすれば、ケッテラーへの指示は誰が出している」
「宰相か、公爵か。あるいは——両方か」
両方。父と宰相が共謀している可能性。
前世では、この構図を知らなかった。リゼットは何も知らないまま、王妃暗殺の濡れ衣を着せられて処刑された。
真犯人の顔も、経路も、動機も、全てが闇の中だった。
今世では、線が繋がりつつある。
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古書店を出た後、別々の方向に帰った。
セドリックは王宮へ。私は屋敷へ。
馬車の中で、紙片に流通経路を書き出した。
コルサ商会(南方)から王都支店へ。そこからメルツ香房(製造)を経て ヴァレンシア公爵(発注元)へ。
さらに、典礼局副局長ケッテラー(実行)を通じて、王妃の食事に混入。
もう一本、別の線がある。
コルサ商会と、宰相ヘルムガルト(共謀者?)の繋がり。
宰相がどこまで関与しているか。指示者なのか、共犯なのか、それとも、コルサ商会を通じて毒物の存在を知りつつ、黙認しているだけなのか。
証拠を固めなければならない。推測だけでは、誰も捕まえられない。
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屋敷に戻ると、カミラが庭の入口で待っていた。
「お帰りなさいませ。——お嬢様、お顔が怖いですわ」
「怖い?」
「何か考え事をしている顔です。いつもの『作戦を練っている顔』ですわ」
「……私、そんなに分かりやすい?」
「お嬢様のことは、何でも分かります」
カミラの自信に満ちた笑顔に、少しだけ救われた。
「カミラ。クロイツァー男爵のお屋敷への見舞いの手配、進んでる?」
「はい。来週の月曜にお伺いする段取りがつきました。男爵夫人が快く受けてくださいましたわ」
「ありがとう。——薬草茶を準備しないと」
「ベルモント様のときと同じですか」
カミラが、声をひそめて聞いた。あのときの経緯を、カミラは知っている。
暗殺指令を治療に変えたこと。対象を味方にしたこと。
「似てる。でも、今回は少し違う」
「何が違うのですか」
「今回は——もっと大きな敵がいる」
カミラが眉を寄せた。だが、追及はしなかった。
「お嬢様が大丈夫と言うなら、大丈夫ですわ」
「大丈夫とは言ってないよ」
「でも、やるんでしょう?」
「やる」
「なら、大丈夫ですわ。お嬢様が『やる』と言ったことで、できなかったことはありませんから」
その信頼が、重く、温かかった。




