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6月19日のこと


夜の空気は静かだった。


部屋の照明も暗めで、

聞こえるのは降りしきる雨の音と、時々混ざる二人の呼吸くらい。


彼はソファに座っていて、私はその前に立っていた。


少し迷ってから、

ゆっくり彼の膝へ跨るように座る。


向かい合う形。


胸が近い。


視線も逃げない距離。


彼は少しだけ目を丸くした。


以前ならここで、

その反応を見るのが好きだった。


耳元へ顔を寄せたり、密着したり、

わざと困らせたり。


彼の余裕が崩れる瞬間を見るたび、

「自分は拒絶されていない」

と実感できた。


この人が自分にだけ弱くなることが、

嬉しくて仕方なかった。


でも今日は違う。


彼の肩へ腕を回しながら、

妙に静かな気持ちで彼を見ていた。


近い。


接している部分が熱い。


彼の呼吸が少し浅いのも分かる。


(……この人、ずっと耐えてたんだ)


不意に、

その実感が胸へ落ちてくる。


耳元で囁いた時。

わざと密着した時。

彼の弱い場所へ触れた時。


彼は毎回ちゃんと反応していた。


息を詰めて、

声が掠れて、

抱き締める力が強くなって。


あれは単なる照れじゃなかった。


ちゃんと興奮していたんだ。


私のことを、

ちゃんと女の子として見ていた。


今さらのように理解する。


私はずっと、

彼の反応を、自分が安心するための材料にしていた。


でも彼には当然、

性欲も熱もあった。


あの可愛い反応は、

彼が押し殺していたもののかけらじゃないかって、

振り返って思う。


でも。


彼は、それを押しつけてこなかった。


彼の背中に手を回して、

ゆっくり彼の胸へ耳を当てる。


鼓動が速い。


自分のせいだ。


(……なのに)


彼は一度も、

無理に進めようとしなかった。


私が怖がらないように。

私のペースを壊さないように。


いくら私より立派な人でも、

大学生の男の子だ。


きっと、私が触れるたびに、

毎日悶々としていただろう。


その事実を理解した瞬間、

私の胸がぎゅっと苦しくなる。


愛しさと、申し訳なさと、

それと同じくらいの信頼が混ざる。


彼は今も、

私の腰へそっと手を添えるだけだ。


力は入っていない。


逃げようと思えば逃げられる触れ方。


こないだとは違う、いつもの感じ


少しだけ顔を上げる。


目が合う。


彼は何も言わない。


でも、

待っているのが分かる。


いつだってこの人は、

私を置いてけぼりにしない。


なんだか、妙な感覚に襲われる。


彼の態度は同じなのに、

前とは全然違うことを考える私がいる。


待ってくれること。

その優しさの重みを、今になってようやく理解する。


そして理解してしまったからこそ、以前みたいに無邪気には弄べない。


……彼の服を小さく握る。


「………ね」


声が少し震える。


彼は穏やかに返す。


「うん?」


「……えっと...」


彼の耳元に顔を近づけて、

しばらく迷ってから、ぽつりと漏らした。


「………し、したい?」


その瞬間、

彼の呼吸がわずかに止まる。


何を、とは言わなかったけれど、

きっと、ちゃんと伝わるはず。


彼はすぐには答えなかった。


否定もしない。


誤魔化しもしない。


でも、みるみる顔を赤くする。


それだけで十分だった。


胸が熱くなる。


この人は、

ちゃんと欲しがっていた。


ちゃんと揺れていた。


それでも、

自分を怖がらせないほうを選び続けていた。


私が準備を終えるまで。

私が自分から求めてくるまで。

そして、私が自分で進むまで。


ずっとずっと、待ち続けてくれた。


それが、何よりもうれしかった。


だから。


「…ベ、ベッド、行こっか」


そういうと、彼は黙ったまま私を見上げる。


いいの?っていう、心配したような目で。


でも、

お菓子をねだる子供のような、期待する光も混じっていた。


私は、返してあげたい。


彼がくれたもの。


安心感。

考え方。

そして、愛情。


その全てが、

もとの私と混ざり合ってしまった。


もう私の大部分は彼のものだって、

そうとすら思えてしまう。


____________________________


ベッドの前に立って、彼を見上げる。


いつもは穏やかで、緩い調子で、

でもどこか理性的な目。


でも、私と触れ合っている時だけは、

いつもと全然違うものになる。


ねだるような、もっとしてって期待するような、

私の加虐心を煽る目。


今の彼は、もう全然余裕がなさそうだった。


そわそわして、目線をあちらこちらに泳がせている。


だから…最後にぎゅっと、抱き着く。


顔を彼の耳元に近づけて、小声でささやく。


「…いっぱい、我慢してくれてた、んだよね」


「…ありがとう」


言い終えると同時に耳にキスした。


直後、いきなり彼に抱き寄せられる。


力任せに、

これからすることを急かしているという感じではない。


最後の確認といった感じの力加減だった。


彼の「待ち続ける」という姿勢で、私は救われた。


だから、もう待たなくていいよっていうように。


彼にもらったものを返すように。


彼の顔を見てうなずく。


すると、彼がふにゃっと笑った。


いつもよりずっと年相応の顔に見えて、

ああ、こういう顔もするんだって、

胸があったかくなる。


次の瞬間、ベッドに押し倒される。


_____________________________


その夜。


薄暗い部屋。


二人の、乱れた呼吸音。


そして、重なる体温。



全部、ようやく「追いつけた」ことを表していた。


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