10月22日のこと
ある日。
前に一人で考えてた、
彼の生き方を学びたいという自分と、
彼とだけ、閉じた世界に籠りたいという自分。
彼に預けてみようと思った。
一人で延々と考え続けるのが嫌になった、というのもあったと思う。
彼と話してるときなんかは、
胸が自然と満たされて、前を向いて歩こうって思える。
でも、
彼に甘やかされて、頭をなでられて、いっぱいぎゅーってしてるときなんかは
もう、ずっとこのままでいたいって思う。
この繰り返し。
出口のない迷路で一人さまよってるみたいな。
でも同時に、
彼ならどう考えるだろう?
どう視るだろう?
彼なら、どんな意味を割り当てるだろう。
そんなところが気になる自分もいた。
思考が深く沈み、
気が付くと、テレビの音が聞こえなくなっていた。
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隣には彼が座っている。
ソファにゆったりと腰かけて、ぼーっとテレビを見てる
私はそんな彼にもたれかかり、クッションを抱き込んでいた。
少し体が強張っている。
他人に考えを話すとき、どうしてもこうなってしまう。
彼のほうに顔を向けては、やっぱり下を向く。
これを何度も繰り返していた。
どうしても、勇気が出ない
沈黙だけがゆっくり流れていく。
テレビの音はついているのに、内容はまるで頭に入ってこなかった。
そんな中、不意に。
頭へ、軽い重みが乗る。
びくっと肩が揺れた。
見ると、彼の手だった。
撫でるというより、ただそこに置いただけみたいな触れ方。
急かすでもなく、
「話して」と促すでもなく。
でも、待ってることだけは伝わってくる。
そのまま指先がゆっくり髪を梳く。
一定の速さ。
安心させるみたいに。
私は少しだけ息を吐く。
彼はテレビを見たまま、何も言わない。
こっちを見ないのも、たぶんわざとだ。
視線が合うと、余計に言葉が出なくなるから。
逃げてもいい。
でも、ちゃんと隣にいる。
そんな空気だけが、静かにあった。
そして…
「…ね、ねえ」
「んー?」
彼がのんびりと返事をする。
いつの間にか、こちらに向き直っている
そして、私のことを優しく見つめる。
「なに」
その目は、私の全てを受け止めてくれそうな、
いつもの彼のものだった。
やっと、喉を震わせて
「…あのね。わ、たし…」
浮かんできた言葉を、そのまま彼に渡す。
「…あなた、のこと…す、好きなの」
少し間が開く。
気持ちだけが先行してしまって、わけの分からない文脈になってしまった。
思わず言葉に詰まる。
でも
彼は何も言わない。
でも、驚いたっていうより
続きを待っているみたいだった。
「…あなたに、たくさんもらったの」
だんだんと、頭の中が整理されていく
「あなたの…考え方、とか、受け止め方とか」
言葉が自然と出てくる。
「あなたの、生き方をしりたいの」
彼が目を少しだけ細めた。
このあと言いたいことを考えて、少し声が震える。
「でも…あなたと、ずっと一緒にいたいって、思ったりもするの」
胸がきゅっと締まる感じがする
「あなた…だけでいいって」
そこで、言葉が見つからなくなる。
これ以上、どう続けていいかわからなくなってしまった。
胸が苦しくなってきて、思わず俯く。
…あたりに少しの間沈黙が流れる。
昔だったら、この沈黙に耐えられなかったかもしれない。
迷惑だったかな、重かったかな、って。
それに、今でもそう思う
でも、ちゃんと伝えられたのかな、って
そうも思いながら彼の返事を待つ。
すると
「そっか」
彼が静かに声を出す。
軽く流す感じではない、しっかりと受け止めるように
「……ちゃんと自分のかたち、見れてるね」
私は少しだけ顔を上げる。
「それに、」
「君は今、閉じこもりたいってだけじゃなくて、
知りたいとも思ってる」
彼は否定しない。
あなたしかいらないって言ったことも。
閉じた世界へ行きたいって思ってしまうことも。
それをそのまま「完成形」として扱っていない。
「自分の心を、考えを、ちゃんと受け止めようとしてる」
彼の言葉に、私は目を瞬く。
言われてみれば、
昔と、考え方が違ってる気がする。
自分の欠陥に苦しんで
自分を嫌って
こんな感情、消えてしまえばいいんだって
そう思う自分は今もいるけれど、
いつの間にか、
それだけじゃなくなっていた。
彼は少しだけ笑う。
「ちゃんと外へ向かってるんだよ」
その言葉で、
自分の中でバラバラだった感情が、少しだけ繋がる。
依存したい。
甘えたい。
閉じこもりたい。
でも同時に。
知りたい。
理解したい。
変わりたい。
全部、別々の感情だと思っていた。
でも彼は、
「今の自分の中で同時に存在しているもの」として扱ってくれる。
切り捨てない。
どちらかを間違いにしない。
私はゆっくり息を吐く。
胸の苦しさが、少しだけ形を変えていく。
すると彼が、小さく付け足した。
「君は、まだ途中なんだと思う。」
途中。
その言葉は、奇妙な響きを私の胸に残した。
未完成だって言われているのに、
置いていかれる感じがしない。
ここにいていいんだって、そう思える。
不思議な感じだ。
今までは、一人で不安や悩みを閉じ込めて、
ばれないように捨ててきた。
そうしてきたはずなのに
彼の言葉が、一瞬で私を迷路から引き揚げてくれる。
必死に抜け出そうとして、何度もぐるぐると回った場所から。
「…ありがとう」
「ん、どういたしまして」
そういうと、彼はまた視線をテレビに戻した。
興味をなくしたって感じじゃなくて、
君はもう大丈夫だよって言っているよう。
そして
さっきよりも、テレビの音がよく聞こえる気がした。
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静かな部屋だった。
お風呂に入ったあと、彼女はいつもよりもすっきりしていたように見えた。
だからだろう、いつもよりも責めが甘ったるかった
ひとしきり抱き合って、触れ合って、密着して。
彼女は最後、俺の腕の中で、
俺の胸へ頬を押しつけたまま眠ってしまった。
安心しきった呼吸。
指先だけ、まだ俺の服を少し掴んでいる。
天井を見上げたまま、長く息を吐く。
……やばい。
かなり。
さっきのは危なかった。
膝の上へ座って、
真正面から抱きついてきて。
耳元で俺の名前を呼んだり、
深く、ふぅ~っと吐息をかけてきたり。
加えて最近の彼女は、
以前みたいな無邪気なからかいじゃない。
自分が安心したいからじゃなくて、
明らかに俺のことを、しっかりと視ている。
反応だけじゃなく、感情ごと。
その輪郭を見定めようと、
何が起きているんだろうと、
じーっと観察するようなまなざしをするようになった。
彼女が耳元へ触れるたび、
正直体がビクついた。
抱き締める力を緩めるのに必死だったし、
体の一部に血流が集中するのを感じた。
でも彼女は、
そんな俺の変化を、今はもう察しているだろう。
察した上で、逃げない。
むしろ、理解しようとしてくる。
それが余計にまずい。
片手で顔を覆う。
…マジで、刺激が強すぎる。
今すぐ押し倒したい。
ぐちゃぐちゃになるまで触れて、
自分のことでいっぱいにしてしまいたい。
彼女が息も考えも乱れるくらい、
求め尽くしたい。
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そこまで考えてしまって、小さく呻く。
本当にダメだ。
俺の腕の中で、
彼女が静かな寝息を立てている。
無防備で、安心しきった顔。
その姿を見ると、胸の奥の熱とは別の感情が込み上げる。
彼女は、まだ途中だ。
最近ようやく、
「自分が相手を見たい」
という方向へ変わり始めた。
自分や他人の変化に意味を与えるようになった。
でも、根っこにはまだ不安があるはずだ。
だから俺は待たなくちゃいけない。
彼女が、
自分自身の気持ちをちゃんと理解するまで。
甘えたい、だけじゃなく。
触れたい
理解したい
この人と生きたい
彼女が自発的にそう思えるようになるまで。
ゆっくり彼女の髪を撫でる。
柔らかい。
触れるだけで、
理性が削られていくのが分かる。
本当に、自分はこの子に弱い。
昔は、こんなんじゃなかった。
もっと俯瞰して、
もっと整理して、言語化して、
もっと冷静でいられた。
他人に無関心だったともいえるかもしれない。
彼女だけが変わっている途中、
というわけではないらしかった。
もちろん彼女に抱きつかれるだけで安心するし、
求められると嬉しい。
そして、一週間会えなかっただけで、結構堪えた。
依存してダメになりそうなのは、たぶん本当に自分のほうだ。
ぼんやりとそう思う。
それでも。
だからこそ、急ぎたくなかった。
少しずつ、ちゃんと、彼女は良い方向に向かっている。
だから、待ってみたい。
今すぐ欲しがることより、
彼女が“自分で歩いてくる”ことのほうが、俺は嬉しい。
そんなことを考えながら、小さく苦笑する。
正直限界だってある。
彼女が寝た後、何度トイレに駆け込んだか分からない。
矛盾してるな、と思う。
そんなことを考えていると
彼女が眠ったまま、
無意識にこちらに擦り寄ってくる。
その瞬間、再び深く息を止めた。
「……ほんとに勘弁して」
掠れた声は、
心地の良い静けさの中に溶けていった。
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